KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

星のしるべ・大阪星光学院33期が一仕事終えて集まり始めた。

40歳になる辺りから、ひょんな成り行きから、疎遠であった星光の同級生らとの交流が復活し始めた。
ひょんな成り行きと言っても、思い返せば、会うべくして会った必然的な巡り合わせだったのだろう。

世が不景気で経済的に思わしくないという話が跋扈するなか、この連中に関しては、どこ吹く風。
校歌にもあるように、叡知の剣を研き続ける「地の塩」軍団は、とびきり目立つ訳ではないけれど、「その人がいないと困る」という確たる存在として、世のあちらこちらで一隅を照らし活躍している。

星光の凄さは、大学進学実績といったそんな程度の通過点にあるのではないと40歳過ぎて分かった。
確かにええ大学行こうというモチベーションでそこそこ勉強はする学校ではあるのだが、最大のキモは、青春のあれやこれやが終わった後、それぞれの本領が発揮され始める時限爆弾のような仕掛けにある。

星光で皆が身に備えた、後々発動する恐るべき動力源とは何だったのだろうか。

皆と切磋琢磨する中で身に付いた鉄の勤勉さは言うまでもないが、皆の内側深く沈静し息づく星光で培われた価値観のようなもの、これが最も大きいのではないだろうか。

皆を見ていると、星の光という学校名に凝縮されるモチーフが、学校生活を通じ、無意識のうち根付いているとしか考えられない。
その価値観は、大学合格といった名目的なものより、仕事に対する姿勢といった実質的ものに対して、より顕著に反映される。
研究生活や職業生活を、息長く、向上心保ちつつ、高いレベルでの研鑽を続けるこの連中のバックボーンには、星のしるべたらんと駆動し続ける無意識のエンジンが組み込まれているのだ。(全件調査した訳ではないけれど、そうだよな~とうなづく当事者は多いと思う。)

中高の頃、例えば、食前の祈りで、最後にアーメンと言わずラーメンソーメンチャーシュメンと茶化していはいたものの、何度も繰り返し唱えさせられれば、食事に対する感謝の念が当たり前の観念となった。それと同じ原理で、星光スピリッツが身体化されたに違いない。

20年ぶりに会う星光の仲間は、もともといい奴ぞろいの粒ぞろいだが、当時より遥かにみないい奴になっていて、いい顔をしている。
皆の現在地を、心中たたえ合い、皆の成功と目的の成就をわが事のように願い喜び合える仲だ。
そして、中高時代そうであったように、40過ぎてなお、お互い高め合っていくことを促すような言外の影響力が、皆に行き交う。
なにしろ、星光出身者の人生のピークはまだまだ先にあるのだ。まだまだこれから、始まったばかりである。 今年夏の例会は8月13日である。