KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

私だって人を悪く思うことがある。


もともとは友人の姜先生がブログをライブドアで書いていたのでそれが最良の選択であるに違いないと私もライブドアを選択したのであったが、私にとっては不便となる結果となった。

3年以上続けて400を超える日記数となった。
しかし、いざ過去を振り返ろうにもライブドアブログだと過去情報の一覧性がなくあまりに冗長で見晴らしが悪い。

積み重なって降り積もっただけの400であり、これはもう混濁しているも同然である。

折々書いてきた日記はすべてが下書きのようなものであり、かつてたどった道半ばの思考の断片を、時期が来れば再度たどってちょっとはマシな見解へと仕上げていきたいという思いがある。

ライブドアブログだと過去の日記へと回帰しがたく、この思いは遂げがたい。
たどり着いたデザインはとても気に入っていたのだが。


気鋭の医師が、歳取ったあとに打ち込むアクティビティについて模索中で、ところで君は何をする?と飲みの場で質問された。
迷うことなく、日記の完成と答えた。

盛りを過ぎれば今の仕事において現場の前線走っている訳がなく、おそらくは後方での御意見番としての役割を果たす程度になっていることだろう。
時間も余力も存分にある。

家内には悪いが、もっと儲けようなどという動機が湧く人間では全くないので、いつか子らの役に立てばいい、せめて暇つぶしくらいになればと続けてやめることのなかったこの日記に注力することが最期の最期まで自分にとって最も楽しいことだろう。

身辺についての情報だけではなく、そのうち仕事に関しても書き残し、いつでもどこでもこの日記を通じて子らと永くコミュニケーションできると思えば、こんなに心満ちることはない。

書けば書くほどせいせいして、ますます安心してあの世に行けると心から思うので、
これは私に元来備わったサガのようなものというしかないだろう。


「はてなブログ」に移るのはカンタンであった。
ものの10分、片手間で終わった。

「はてなブログ」は私にとってお誂あえ向きであった。
過去情報の一覧性に実に優れている。

月別や年別のアーカイブを見れば何本の日記があるか一目瞭然で、クリックすれば数行の書き出し付きでタイトルが一覧表示される。
それに痒いところに手が届くとはこのこと、検索機能も実に使い勝手がいい。

心残りある日記の姿をすぐに視認することができる。

今回からは所を変えてのリスタートとなる。
何とも清々しい気分である。