KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

映画「海洋天堂」を観て涙止まらず。

土曜夜、柏原のワイン白辛口を飲みつつ「海洋天堂」をDVDプレーヤーにセットする。
映画について何の予備知識もなしで見始めた。

父子の入水自殺のシーンから映画が始まる。
子の大福は知的障害ある自閉症であり、父は末期のガンを患っている。
大福は21歳だが、この子を一人残して世を去る訳にはいかない、父はそう考えた。

しかし、大福は生きたいと望んでいた。
入水するも、泳ぎに長けた大福は重石のロープをほどき父も助ける。

父は余命三ヶ月だと医師に宣告されている。
大福が生きたいのであれば、父は命ある間に、大福が一人でやっていけるよう何とかしなければならない。
残された時間は僅かだ。

痛みをおして水族館での仕事を続けながら、大福の引受先となる施設を探す。
しかし、21歳の自閉症の青年を受け入れる施設など簡単には見つからない。

死にゆく者の寂寥が影のように父を覆い、しかし子への愛情と父としての責任感がそれを押し返していく。

探しまわった挙句、ようやく大福を受け入れてくれる民間の施設と出合うことができた。

父は死に支度を始めていく。

少しでも蓄えを増やすため、父は仕事を続ける。
夜は、大福の衣服に身元情報を書き込んだ布を一枚一枚縫い付けていく。

大福が日常生活を送れるよう、お金の使い方を繰り返し教え、バスの乗り方を教え、仕事ができるよう水族館での掃除の仕方を教える。

悲痛なストーリーではあるが、苦しいような思いとなる映画ではない。
大福から見た世界が随所に織り込まれ、数々のシーンがあまりに美しい。

水、海、雨、水族館のイルカやアザラシ、ピエロが操るボールが美しいだけでなく、登場人物の心がほのかに通い合うその静謐までもが美しい。

大量に痛み止めを服まねばならないほど父の病状がいよいよ悪化していく。
しかし、父には大福に教えなければならないことが残っていた。

死んだ後でも、父がいつも傍にいると大福に教えなければならない。

父は海亀を模した格好をして、大福とともに水族館の水槽に入る。
ともに泳ぎ、そして、大福に言い聞かせる。
海亀は死なない。
父さんは海亀になるのだよと。

父が亡くなった後のラストシーン。
水族館の広々とした水槽のなか、海亀の背につかまって大福が本当に気持ちよさそうに泳いでいる。

父の思いが成就したのだと分かり、観る者は涙が止まらなくなる。