KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

遥か彼方「キン・ザ・ザ」の野卑を心に留める。


夕刻長男を乗せて薬師町にある松田整形外科クリニックへ向かう。
院長はラガーマン。
ラグビーで怪我したなら当然ここで診てもらうことになる。

道中、中間テストや英検の結果について長男が話し始める。
このところ何も言い出さないのでもしや悪かったのかと予想していたが、そうではなかった。
私のようにいちいち嬉しがって言うタイプの男ではないというだけのことであった。
更なる向上のための目標設定など長男が語る豊富に耳を傾ける。

すっかり日は落ちている。
対抗車のヘッドライトが長男の橫顏を時折照らす。

学校の友人と観戦しに行った日本シリーズの話となる。
さすが日本シリーズ、見違える程にヒートアップした甲子園球場であったという。

見慣れた光景を思い浮かべる。
試合があればいつだって最高潮のお祭り騒ぎとなる甲子園である。
それを上回る賑わいなど想像できない。


診察の間、車内で待つ。

以前から腰の痛みを訴えていたが、どうやら骨折していたようであり、当分の間、本格的な練習は避け自重せねばらない。
いいことばかりは続かない。

長男と会話しつつ少し遠回りしながら夜の西宮界隈、クルマを走らせる。

BT接続で流すPODCASTのニュースでヘイトスピーチが取り上げられる。
長男が質問してくる。

あれは一体何を目的にしているのか。
さあ、どう思う?

どのような人たちがやっているのか。
どう思う?

それらについては以前の日記で書いたように私なりの感想はあるがあえて何も言わず、自分で考えて解釈し自分なりの意見を持つべきだろうと促した。

その場でyoutubeの画面を開き、それらの活動のいくつかを長男が黙って見始める。

自分の子が誰かをヘイトするようになったら、それは悲しいことだろうね。
父としてそれだけを伝えた。


そうそう、と話題を変える。

「不思議惑星キン・ザ・ザ」という映画を見た。
これは屈指の名作だ。

映画の序盤、ソビエトの建築技師がひょんなことから「プリュク星」に瞬間移動し話が幕を開ける。

科学技術だけは進んでいるが、美的感性が欠如し、誰もが野卑で、言葉は未分化で、怒りを表す「キュー」と挨拶のような「クー」という二語しかない星である。

皆、似たような外見なのに、明確な序列と階級があり、あからさまに差別的であり、バカバカしいのだが、ステテコの色によって身分が規定される。

低い身分だと鼻に鈴をつけ、目上に対しては、媚びへつらったような滑稽な挨拶をしなければならない。
それを怠れば問答無用、斬り捨て御免の世界である。

戯画的に描かれる権力者は何のはばかりもなく横柄高慢で、目下の者はどこまでも卑屈に振る舞いやりたい放題に虐げられる。

描かれる世界の仕草や動きが滑稽なだけでなく、BGMも変テコ、ストーリーも荒唐無稽で、一見気軽に楽しめ絵面追うだけで笑いが止まらない映画であるが、人間自体を風刺的に描く説得力という点で、これほど完璧に成功している作品はないだろう。

プリュク星を通じ、人間の本性、その滑稽さ、奇妙奇天烈さが浮き彫りにされる。

プリュク星の者など嘘つきで貪欲すぎるので植物にでもなって静かに暮らす方が幸せだろうと、さらに高度に文明の進んだアルファ星の者に言われるほどに、プリュク星の者は下劣であり、翻ってみて人間の宿痾について考えさせられることになる。

星の王子さまは、遠くの星に咲く一輪のバラのことを心に想うことの大切さを説いたが、私たちは「不思議惑星キン・ザ・ザ」のプリュク星の者たちのことも忘れないようにしたい。

あの卑しさを過ぎ去った遥か彼方に思い浮かべることは、人にとって良き作用もたらす心的効果があるように思えるのだ。