KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

御用納めの日はいつだって感慨ひとしおとなる。


午後2時の約束であった。
コインパークにクルマを停めたのがちょうど2時。

電話を入れた。
5分遅れます、と私が言う前に取次の女子が言った。
えっ、今日の理事会は延期ですよ、メールしましたよね。

そんなメールなど見ていない。
その場でiPhoneをスクロールしてみる。

メールの山々のなか、うずくまるように潜んでそのメールが未開封で佇んでいた。
「予定の変更については今度から電話で連絡下さい」とがっくりうなだれ返信した。


痛恨である。

普段ならぶらり寄り道気分で引き返せるであろうが、この日は翌日に御用納め迫る、いわば土俵際で死闘余儀なくされるような普段とは全く様相異なるisolatedな日なのである。

例えれば、人生がたった残り2日というとき、いよいよラストのイブの日にはるばる出かけて約束をすっぽかされ袖にされたようなものである。

そして、人生残り僅かという、ああ、この世を精一杯愛おしいと感じたいその貴重な時間を、師走25日、大渋滞のアスファルトの上で過ごすことになるのであった。

交野方面から大阪市街へ引き返すも、大阪生駒線は故障したベルトコンベアのように全く動かない。
たまの拍子に遅々とは進むが、路線の名が鶴見通りに変わったあたりで更に道が混んでくる。
このまま直進して曽根崎通りに入ればドツボにはまること間違いない。

機転を効かせ今里筋を左折した。
密集を避け、ブラインドサイドに入ったつもりであった。
しかし、市街へ行くためどこかで右折しなければならないが、右折ラインはどこもかしこもまるでクルマが押しくらまんじゅうしているみたいに物騒に混み合っている。

ようやく中川二丁目になって、右折するスペースを見つけることができた。


通常1時間もかからぬ道に2時間かかった。

クタクタである。
貴重な御用納めのイブの黄金の日中を、渋滞のなか過ごしただけであった。

駐車場にクルマ停め、事務所には向かわず、まっすぐリラクへ向かった。
カラダを揉みほぐしてからでないと、とても仕事に集中できそうにない。

首肩背中を中心に、うっと声が漏れるくらいにキツ目にもんでもらう。
じわーと血流が回復し、カラダがぽかぽかしてくる。
霞む目に力が戻り、世界の色彩が鮮やかさを増す。

疲れた時のマッサージほど素晴らしいものはない。
こんなに素晴らしいなら、疲れるのも大歓迎である。


そのまま風呂に向かって、仕事せずリラックスのひとときを過ごす。
スザンヌ・ヴェガの曲をダウンロードし、二男を迎える。

そのようにイブを過ごし、今日迎えた御用納め。

役所が御用納めなだけであり、年末年始の僅かなインターバルを置くだけで明日も明後日も仕事するのは変わらないが、なんというのだろう、区切りとしてのこの落ち着き、戦い終えたという満足感がたまらない。

あらかた西暦2014年に仕上げるべき仕事は終えた。
午後に役所に申請にでかけて、完了である。

今年も無事に戦い抜いた。
年始からいきなり仕事全開となるが、師走の時期によおく耕してあるので、刈入れを残すだけのようなものであり、いたって気は楽、新春を晴れ晴れと迎えることができる。

感慨ひとしお、という心境で、間もなく役所へ今年最後の申請に向かう。