KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

久々のランチの場でも中学受験談義


事務所に寄った家内の運転で北堀江にあるタイ料理「チェディルアン」を訪れた。
ランチはビュッフェ形式だ。

お昼ピークの時間帯にかけ店は混み合い料理を取る余裕がなくなっていく。
そのように読んだ私はいきなり序盤から4皿に料理をてんこ盛りとした。

食べ残しがあった場合別途料金を請求されるというが4皿程度ならどんとこいと私の胃袋はいたって涼しげ、泰然としている。


二男の中学受験が片付き、このところなんともくつろいだような気分を満喫している。
塾への送迎が不要となった。
行方見守る緊張感からも解放された。

精神的な負荷の軽減が、心をどこまでも穏やかにしてゆく。


長男と二男の二人で中学受験はもうたくさん、心底懲り懲りという感想しかないが、もし万一我が家に三男坊がいるとするなら、これまたやはり能開センターに放り込むことであろう。

能開センターには本当にお世話になった。
感動すら覚えるほどの尽力ぶりに最後には夫婦して涙しそうになったくらいであった。

能開センターを紹介してくれたカネちゃんも我が家も最良の結果で中学受験を締めくくることができた。


何が何だか分からないような激動の場に、たった一人、年端も行かぬ子が対峙することになる。
中学受験は野ざらし吹きさらしの暴風雨に晒され、そこで孤軍奮闘し持ちこたえる持久戦のようなものである。

これは、想像以上に酷であり、実にハードだ。
すくみ上がって当然の大一番であり、子にとって震え止まらぬくらいのものであろう。

このような場において、能開の先生らは、まさにかたわらに付き添い、子らとともにそこに居続けてくれた。
声をかけ、握手し肩を抱き励まし、まっすぐ子らの心に働きかけ、そして、最後の最後まで一緒に立ち向かってくれた。

任務遂行において終始一貫ブレがない。こんな心強い援軍はそうそうないだろう。


正月明け、二男の勉強内容を少し見たけれど、申し分ない完成度であった。
まさに矢でも鉄砲でも何でもこいという域。これならどこでも通るだろうと思えるほどの充実度であった。
勉強について親の出る幕など一切なかった。
受験直前に一気に飛躍するという能開カリキュラムの真髄を見たような思いがした。

各教科の担任教師が代わる代わるこれでもかこれでもかと子を鍛えあげてきたプロセスが、練りに練られた計画と日頃のフィードバックと分析の結果であると身にしみて理解できた。

子は塾を楽しみ、そして見違えるほどに成長したのだった。


昨年の秋ごろ、最大手の塾から案内があって、志望校の過去問の添削指導をしてくれるというし、また特化した算数問題集も、附随内容についてのウェブ授業も提供してくれるという。
しかも破格に廉価だ。

悪い話ではないと申し込んだ。
受験という総力戦、役立つと思えば、やるやらないは別としてとりあえず申し込むのが親心であろう。
結局、能開が全部やってくれる話であったし、特化した問題集も能開の課題をやっていればどれもこれも対応できるものであり簡単すぎた。

だから先ごろその最大手から受験の成否について電話で聞かれた際、うちは全部落ちたと答えたが、それが最も適切な返答であったと私は確信している。

どのように考えてもうちは能開によってこそ合格できたのだった。


合格実績という数字の背景に思慮及ばぬ父兄が絶えぬ限り、このようなまるで票集めのような実績獲得の手法はなくならないのであろう。

数字の達成を課せられた責任者にとって、塾外生という資源はさぞかし魅力的なものなのに違いない。

それが敵に塩を送ることであり、巡り巡って目の前の自塾生の利益を損なうことであったとしても、数字の達成こそすべて、となれば他塾生も自塾生という欺瞞が事の本質を覆い隠すことになっていく。


美味なタイ料理を平らげつつ、子をMAXまで伸ばしてくれた能開の話題は尽きないが、連日連夜の外食で胃はクタクタであったようだ。
4皿程度楽勝だと見込んでいたが、いくら美味しくてももはやお腹いっぱいこれで十分大満足。

まだ食べたい品々を横目に、そこで箸を置いた。