KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

大阪に明日はあるのか会議議事録(1)


地図で見当をつけてから出かけたにも関わらず辿り着くまでに目的地を何度も通り過ぎることになった。
遊び慣れない生真面目な中年にとって夜の難波は複雑怪奇、魔界と呼ぶべき場所と言うしかない。

紅炉庵の薄暗い階段を上って行く。
木目の引き戸を右側に開けて四人席の手前側に着席し、扉を閉めた。
時刻は19:27。
私が一番乗りであった。

店員が扉を開ける度、店内あちこちに設えられた個室から年度末を労う飲み客のさんざめく声が響き渡ってくる。

まもなく一人登場し、また一人、最後に一人。
19:45には出席者4人が顔を揃えることになった。

それぞれ近況を語り合い、本題に入った。


リニアは東京名古屋間を結び、大阪は事実上、蚊帳の外となった。
この「大阪外し」の動きはつい最近始まったものではなく、阪神大震災以降であろうか、何かの拍子に始まってそして徐々に拍車がかかってきているという。

東京で功成り名遂げたケーキ屋やレストランが、名古屋や福岡には出店しても、大阪は回避するといったケースが散見されるようになり、関西に進出するにしても神戸や京都を拠点に選び、何が何でも大阪は避けるという傾向が顕著になってきた。

全国的に有名なお店の支店が大阪にないという現象は、今では珍しいことではなくなった。

また、名古屋の経済は自動車関連を中心に活況を呈しているのに、あまりにひどく対照的に、大阪が誇ったかつての名門企業は軒並み凋落し、芳しくないニュースの筆頭に取り上げられることが多くなった。

リニアやケーキ屋や産業だけではない。

大阪人が目指す最優秀の学舎であったはずの京都大学の偏差値が東京大学にますます水を開けられている。

東京の一極集中が更に進み、周辺地域は追随するも、大阪だけが取り残されていく。
つぶさに見れば、よってたかって、斜陽の大阪である。

しかしそんな深刻な兆候がいくつも見られる中、大阪ローカルのテレビもラジオも、気楽な世間話に明け暮れているかのように見える。

終わりの始まりの道を大阪が加速つけて突き進んでいたのだと、振り返って知る日はすぐ先のことなのかもしれない。
そしてその時には、時既に遅し、となる。


大阪の世間基準で言えば、生活保護受給世帯の経済レベルは中流に位置する。
働かずにまま食えるだけでなく、支給の日にはパチンコ店など娯楽に並び一興に与ることもできる。

生活保護について知らず、低賃金で死に物狂いに働く一定層が、大阪では最貧困のグループとなる。
生活保護受給者のように医療費を全額免除されることはない。
3割が自己負担なので通院はお金の入る給料日以降となる。

少子化が問題視されるなか、晩婚であってもお金があれば最新の医療の恩恵を受け、子宝に恵まれることができる。
しかし、その一方、貧困層はお金を欠いており子育てにあてる持ち合わせなどない。
せっかく子に恵まれても消費者金融でお金を借りて堕胎することになる。

大阪はそのような天地ほどの格差が同居し馴染んでしまう風土となりつつある。


そんな大阪で、唯一元気なのが中国からの観光客だ。
彼らは、もはや単に繁華街で遊ぶのではない。

レンタカー借りて、南紀白浜へレッツゴー。

金はある。
支払いの段になって、千円、二千円相場の買物であっても、とりあえずこれで足りるかと万札を出す。
金銭感覚についてのゆとり感は、まさに大陸的だ。

まずは単純に、地域再興のためにはお金持ちの中国人を頼りにしよう、と思い浮かぶ。
中国人にじゃんじゃん来てもらって、飲む打つ買う、と大はしゃぎしてもらえばいい。
幼稚に退行し依頼心丸出しで、そのような結論になる。

地域社会の活性のためには「産・官・学・金・労・言」の有機的連携が必須だ言ったところでまどろっこしい。
キレイ事より中華の民。

時計を見ると終電間近。
章夫と私については、飲み過ぎの域を越えている。
今日はここまで、とした。

さて、次回飲み会で「キレイ事より中華の民」をしのぐ別解を見立てることができるのだろうか。

この議事録は、第二弾へと続くことになる。
登場人物の横顔など、徐々に明らかとなっていくのかもしれない。

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