KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

辺境にあることすら地の利とする


週明け月曜、先頭打者となる出だしの業務がなかなか手強い。
十分に準備してきたが、いざ申請の段となればどうなることやら雲行き全部は見通せない。

いくつかの不安材料が夢の中まで押し寄せてくる。
眠りつつ段取りを考え、だから徐々に目覚め、そして夜中なのにもう眠れない。

寝静まる西宮の街を後にし、そぼ降る雨のなか大阪の事務所に向かった。


日曜正午、家内と電車乗り継ぎ、川西池田で降りて坂道を登る。
試合会場は山の上。

うぐいすの声が深い森の向こうから響き、道の脇を流れる水路がせせらいで小気味良く、桜餅の香がふんわり漂う。

雨の予報が気になるが、空は明るく時折陽の光さえ差して汗ばんでくる。
ピクニックみたいだ、悪くない。

半時間ほど歩き通してすっかり花の散った桜並木の小道を抜けると、眼前に花屋敷グランドへと続くつづら折の階段が現れた。


本日、西宮チームの対戦相手は三田。
胸を借りるにしても、相手が強すぎる。

慣れない手つきで一眼レフを弄びつつ、試合の行方を見守る。
ボロ負け、という以外にどのような表現があり得るだろうか。
心寒くなるほどにこっぴどい惨敗であった。

三田の選手が2,3歩踏み出し加速するともう誰も追いつけない。
動き封じる手立てを何ら見い出せないまま、右往左往振り回されるばかり。
手抜かりなく三田はますます勢いづいて、青のユニフォームだけが躍動し、赤がチョロチョロその青を引き立てるという構図となっていく。

地を這うような劣勢のなか太い声を出し続け、消沈することなくフォワードとしての役目を果たそうとした姿については男として静かに肩でも抱いてやりたい思いではあるが、こうまで強者と弱者の明暗を見せつけられては胸中は複雑だ。

これも何かの縁。
弱小チームにあることの意義を積極的に見出し、糧を得るべく学ぶべきを学びつくすしかないのであろう。

弱いからと言って決して怯まず気後れせず、おやおやどうしたのだと、やけに堂々と見えるくらいにベスト尽くして闊達自在、辺境にあることを地の利とするくらいにそこから学んでしまえばいいのである。


川西能勢口から阪急に乗って、清荒神に向かう。
お定まりの順に巡って頭を下げ手を合わせる。

山の緑が深々と香るからだろうか、いつ来てもここは神的な趣きに満ち満ちている。
これをこそ霊気と言うのかもしれない。

何か空気が違う、そう感じさせる寺社仏閣の双璧は清荒神門戸厄神であろう。
うまく説明できないが、そこで醸される雰囲気はやはり何かが違う。

ジュリエッタの開店にはまだ早く、ガーデンズで食材買って帰宅することにした。
すでに長男は帰宅していて、二男は腹を空かせて待っていた。

歩き通しの疲れを露も見せず家内が料理を作り始め、男子らが舌鼓を打つ時間が始まる。

昨晩鷲尾先生に頂いた奇跡の大吟醸龍力」をちびちびやりながら私は子らのディッシュにちょっかいをかける。

そのようにすべて隈なく楽しい日曜日が過ぎていった。


月曜日午後、冷や汗流す場面は幾度かあったが、無事に申請は受理された。

ツバメ君にとっては、相当に密度濃い得難いレッスンとなったに違いない。
同じ看板掲げても、なかなかこんな場面にはありつけない。

ツバメ君がやがて猛禽類へと変貌していく。
その時は意外に早く訪れるのかもしれない。

帰途、車中。
予報とは大違い、止んで鳴りを潜めて行方不明の大雨を二人して冷やかしていると、突如局所的な土砂降りに見舞われた。
軽のワイパー程度ではとても振り払える雨量ではない。

雨足は更に強まるが、しかし同時に、大仕事を無事終えた解放感と充実感が押し寄せてくる。
なんと心地いいことであろう。

これぞ歓喜の雨。
雨雨ふれふれ、もっとふれ、である。

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