KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

食が人をつくる。


長男が帰宅し、家内は真っ先に弁当箱を受け取る。
開けると中は空、今日も完食。
上機嫌、家内は弁当箱を洗い始めた。

日常の光景が今日もまた繰り返される。

食卓に座る私に差し出される最初のディッシュは生ハムメロン。
引き続き、子らの弁当を彩った手製の春巻き。
そして、メインは、ポークチョップ。
ソースはもちろん手作り。
ガーリックとオニオンの風味が食欲をそそりビールがますます美味くなる。

仕上げは、エメンタールチーズとクラッカー。
ハイボールにとてもよく合う。


週末に中華を食べに行こうという話になって、じゃあ、あそこに行こう、どこだったか、天六いんちょのパーティで中華を振る舞っていたあの店あの店、と夫婦で会話しつつ店名が出てこない。

日記のいいところは、検索すれば立ちどころに過去の記憶を再生できること。
私は自分の日記の検索窓に「ギャツビー」と打ち込んだ。

当のパーティーについての日記が浮上し、店名は「善道」だと判明した。
昨年の4月14日。
私も家内も大満足、心ゆくまで最上級の食を堪能できた素晴らしいパーティーであった。

家内が予約のため電話する。
今週は満席だという。
天六いんちょの友達だと言って食い下がったところで、席は空きそうになかった。
やむなく翌週の予約とした。

名店で食事すれば家内が技を見よう見まね、曲がりなりにも会得する。
たまの外食により我が家食卓の充実度が増していく。


先日見た映画「初恋のきた道」では女性が食事を作るシーンがいくつも挿入されている。

子らにそのような話をする。

ご飯を作る、というのはありきたりな所為に見えて実はこれ、ただ事ではない。
例えば、君たちが食べる弁当や夕飯朝食について時には思い巡らせてみた方がいい。

弁当は前夜から仕込みが始まり、鮮度保つため朝に作られる。別途朝食にも一切手抜きがない。
夕飯は、帰宅時間に合わせて、ご飯は炊きたてホカホカ、食材は吟味され料理はきめ細か手作り、味はもちろん栄養バランスも申し分なし。

これらは全て、子らの姿を思い浮かべて準備され作られる。

だからどれだけ手間がかかって労を要しても、ママはいたって涼しげ、苦もなく楽しげだ。

食べて子が喜び、食べて子が元気になる。
その様子が思い浮かべば、より一層料理に熱が入る。

つまりこれは愛情以外の何ものでもない。

ご飯を食べる時、森羅万象に感謝し手を合わせる。
もちろんのこと、必ず毎食、作った人への感謝の念もそこに込めなければならない。

そして、君たちの食事のため、最も工夫を凝らし力を尽くしてくれたのが誰であるのか、生涯忘れてはならないであろう。

映画を見て、食事ひとつについてもどのような思いが込められているのか学んでおくべきなのである。


二男は試験中。
夜の勉強に備え、眠気防止のため缶コーヒーを調達してあった。

部屋の空調が効きすぎて咳が出ていたが、わしお耳鼻咽喉科で診察してもらって無事解決。
万全の態勢で、あと2日間を渡り切る。

朝まで夜通し勉強すると意気込んでいたものの、夜中には力尽きたようだ。
それでも、朝3時には立ち上がっていた。

兄貴同様、ファイティング・スピリッツについては、見上げたものである。

これもやはり、日頃の食事の賜物なのかもしれない。
食が人を作る、というのは本当のことなのだろう。

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