KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

お月様が見ている


日曜夜、自宅に帰る夜道。
自転車に乗ってコープに向かう長男とすれ違う。

明けて月曜朝、門が開いたままとなっている。
門の傍に置いてあるはずの長男の自転車が見当たらない。

自転車が盗まれた。
どうやら昨日見たのが最後の姿となったようだ。

昨晩コープから戻って長男は門の戸締まりを怠ったのであろう。
通りかかった不心得者が開いたままの門から侵入し無防備に放置された自転車に手をかけたに違いなかった。


被害届を出すかどうかは後で考えよう。
ともかくクルマで家を出る。
朝四時半、一時停止で月が視界に入る。
まもなくお役御免、月が西の空にでかでかと浮かんでいる。
まさに中秋の名月と呼ぶにふさわしい。

自転車で済んで良かった、そう思う。
たまに悪いこともあって幸不幸のバランスが整うというものだろう。

カラダに危害加えられた訳ではない。
自転車であれば、また買えば済む話だ。

不用心が高くつく、おっかなびっくりの世である。
反省材料として、学びを得るのであれば安い授業料だ。


月曜午前、無心に書類作成に勤しむ。
情緒も微笑もない淡白無機な没頭の時間。

限界に達する。
午後2時。
野球で言えば球数百を超えた状態と言えるだろう。

デスクワークから外回りに切り替える。
後は任せたと事務所を後にし大阪南部へと向かう。

目も腰もだるい。
クルマを運転するのが億劫に思え、一人電車にポツンと座って運ばれることを選択する。

郊外のうら寂しいような駅で降りる。
徒歩で訪れるのは初めてのことであり道を探りながら歩く。

見覚えのある土手を降り川沿いの道を進む。
夏の名残を感じさせるような陽気の一日。
徐々に汗ばんでくる。

一帯が住宅開発されてモデルルームが林立している。
どの建物も小奇麗だ。
空を見上げると小気味いいような青が全面に広がっている。
川を渡って涼風が吹き込んでくる。
別の世界に迷い込んだというほどに、土手を境に景色が一変した。


用事を終え、帰途につく。
もと来た道を逆向きに進む。

駅へ向かう通りに面して墓地がある。
さっきは気づかなかった。

トボトボとした足取りで老女が墓地から現れた。
俯いて私の前を歩き通り過ぎる。

いいことなど何一つなかった、その姿がまるでそう語っているかのよう。
すべてに消沈したような歩みに見えた。


先日仕事仲間から聞いた話を思い出す。
彼の顧問先での出来事だ。

事務員が会社のお金を個人的に使い込んでいた。
長期に渡ってのことであり累計すれば多額にのぼる。

事業主だけでなく彼にとっても衝撃だった。
そういったことをするような女性には見えなかった。

誰に対しても愛想よく仕事は几帳面で、好感と信頼を寄せられる人柄であった。

ところが明るみとなった後も嘘をつき通そうとしただけでなく、どうやら常習の者でもあったということが分かった。
前職においても同様のトラブルを引き起こしていたのだった。

人は見かけによらない。
ともすれば善意のメガネで見てしまいがちである。
しかし、世に悪事が絶えぬことからも分かるように、一定の確率で、そのような下地を持つ人間が存在するのである。

手癖と虚言については容易には見抜けない。
しかし、それはその人の体質と言ってもいいほどに、その人と一体化してしまっている。

だから、うっかりすれば他人事では済まされない。
あったはずのお金が消えてなくなるということは、世界津々浦々当たり前のようにそこかしこで起きている。

そうであれば、心構えは二つに一つ。
取られる方が悪いと考えるか、取られても構わないと開き直るかだけのことである。


帰途の電車。

向こうの四人席手前側に、長男と同じ学校の生徒が座っている。
試験が近い。
勉強に余念がないようだ。

途中の駅で、彼の真向かいの二人席が埋まる。
彼の真ん前に座った女性が美しい。
その連れの女性は等し並といったところか。
並んで座る太陽と隕石といった絵柄だ。

太陽がまさに明るく楽しげに隕石に話しかけている。
光があふれ、距離ある私の位置からしてもまぶしいほど。

試験勉強する彼は眩しいどころの騒ぎではなく、もはや勉強など手につかなかったことであろう。


西九条の大福湯でサウナに入ってから帰宅する。

夕飯を見繕うため自宅近くのコンビニに寄る。
店内で女子中学生があっと叫び声を上げる。

皆が注視する。

女子中学生が言った。
自転車を駅に忘れた。

皆がほっと胸を撫で下ろす。

笑ってしまうエピソードに心ほぐれて家に向かう。
途中、東の空を観測する望遠鏡少年を見かける。

振り返って空を見上げれば、巨大でまん丸なお月様が薄くたなびく雲をしたがえ君臨するように輝いている。
これぞスーパームーン、地上を睥睨し全部お見通しだとでも言わんばかりの存在感を放っている。

門を開けると、自転車が月明かりに照らされている。
長男に聞く。
昨晩買い物した後、コープにそのまま忘れて帰ってしまったのだという。

よくあることだ。
昨日も今日も世界津々浦々そこかしこで自転車の置き忘れが頻発している。

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