KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

そのために地上にやってきた

1
近鉄南大阪線で事務所に戻る。
どこかの高校の下校時と重なった。

座席にずらり男子高校生が並んでいる。
むさ苦しい。

彼らは広々腰かけ我が物顔だ。
運賃は学割だが座るスペースは五割増。

こちらは勤労者。
遠慮なく空いたスペースにカラダをねじ込んだ。

そして座って眺めて、奇異な感に因われる。
一望してその様を見れば生身の人間なら誰だって、腰落ちかない不安に駆られるに違いない。

秋の好天のもと電車は一路あべの橋へと向かっている。

車両の両サイドに同じ制服の男子高校生がまるで無限に続くかのよう果ての果てまで並んで座っている。
そして、皆、そう間違いなく全員が、スマートフォンに目を落としている。

スマートフォンなどいまどき珍しくとも何ともない。
思春期の青唐辛子まっただ中、男子高校生には欠かせないものだろう。

しかし、彼らの横に並んで座るのはクラスメイトや同学年の顔見知りのはずである。
学校の帰途、彼らは横に座る友達と話もせず、顔を向けすらしない。
小さな小さな画面に真っ直ぐ見入って指をせこく小さくせわしくなく動かし続けている。
バカ話してきゃっきゃ騒いでいる者など見当たらない。

この日記を十年後に読めば、ここに記す違和感の方こそ奇妙奇天烈なものと映るのかもしれない。
時の経過により常識は変遷するのだとしても、むさ苦しいのに生気を欠いたこの景色は、少なくともいま時点、両手に余るほどに奇怪なものである。

小さな小さな世界に意識をあますところなく吸い込まれ、生身の人間との交流の欠如が下校時の電車で日々増幅されていく。
シュールとしか言いようがない眺めである。

もしこのうちの誰かが空気を読み違えて友達気取りで話しかけようものなら、彼らの言葉でいうところの「村八分」にされかねないのだろう。
そうなれば同じ車両に同乗することも許されなくなってしまう。

ボールは友達、キャプテン翼はそう言った。
彼ら高校生にとってはまさにスマートフォンこそが胸襟開ける真の友達であり、横に座る友達については一緒にスマートフォンを見て過ごす仲間といったニュアンスに近いのであろう。

途中の駅で私の右横が入れ替わり女性が座った。
同じく乗ってきた二人組の男子がその女性の前に立つ。

なぜなのだろう、高校生風に見えるその二人は過剰なほど張り切って喋っている。
おそらくは女性を意識してのことなのであろう。
しかし、ゲームについての話なので面白くとも何ともない。

黙してスマートフォンを見つめるより喋るだけマシだが、幼い自己顕示がやかましい。

一人が息せき切って話しすぎたのか、喉詰まらせたみたいに咳をした。

つばき。
花ではない方のつばきが、ミストのように私にかかった。
ひんやりとした感覚ともなって、カラダに虫酸が走る。

ハンカチで顔を吹きながら彼を見上げる。
彼は絶対に私と目を合わさない。

子供相手に目くじら立てることもない。
私に降り注がれたのは排泄物ではなくつばきなのだ。


思い立って帰途、「和み」に寄って焼き餃子をおみやげに持ち帰る。
男は二人前ずつ、男三人女一人の所帯なので、計7人前となる。

ここの餃子は結構いける。
対面にある中華屋の餃子も近所の甲子園飯店の餃子も美味いので、この界隈は、私たちにとって餃子銀座とも言える場所だ。

それにうちにとっては縁起がいい。
兄弟各々中学受験直前の食事において、アクセントとして大いなる役目を果たしたのが和みの焼き餃子であった。

家に帰ると試験勉強中の長男がいるだけで、家内と二男は留守であった。
聞けばドミニクのところへ向かったという。

いま私の妹宅にスイス人少年がホームステイしている。
中学3年生だ。
もちろんのこと数カ国語を自在に操る。
そのドミニクに二男を会わせるため出かけたのだった。

子どものことに関し家内ほど熱心な人間を知らない。
自分自身にではなく子に熱心。
その務めのため地上に遣わされたようなものである。

やいのやいの口出しするといった女性特有の関与ではなく、機会を捉えて離さないといった介在の仕方。
子にとってインプレッシブな経験になる、と確信すれば迷わず腰を上げる。
アトラクションや着ぐるみといった子供だましには目もくれない。

虫取りであったり、野山の探索であったり、名所旧跡巡りであったり、天体観測であったり、ラグビーであったり様々なアクティビティに家内が子らを放り込んできた。
それらを通じ子らは否応なくカラダを動かし、否応なく様々な人と接するという実地の体験学習を積み上げていった。
結果、人生駆け出しのちびっ子にしては各種各様の引き出しが結構ふんだんに取り揃うとことになったのではないだろうか。

例えれば自転車。
一人ではなかなか自転車に乗れるようになるものではない。
後ろでフォローし支える助っ人があった方が上達ははるかに早い。

家内は、子らにとってはそのような存在であろう。
実際に自転車乗りを特訓したのも家内であった。

私が放任する一方で、家内が要所で関与した。
子らは自律へと向かい親の役割はますます減じていくだけであるが、君たちがそのことを生涯忘れぬようここに書いておく。

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