KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

挫折などあり得ない、突き抜けろ


谷町筋天王寺方向、夕陽ケ丘のマクドナルド前にクルマを停めて待つ。
どのクルマも例外なく猛スピードで右横を走り抜けていく。

長く連結された列車のように車群が形成され視界は延々と塞がれる。
信号が変わったときのみ流れが止んで、母校の校舎が姿を現す。
まるで舞い上がった砂埃の合間から姿をのぞかせるみたい、ほんのひとときのこと。
まもなく信号は青になり、再び車列の影に掻き消える。

いつの間にか校舎正門に南部学舎見学ツアーを終えたバスが到着していた。
向こう側の道路をバスを降りたママらが駅へ向かって歩いている。

家内が信号を渡ってこちらに向かって来るのが見える。
他に迎えにやってきた様子のクルマはない。
家内を迎える優しい夫という自画像に目を細める。

家内を乗せ阪神高速阿倍野乗り口へとクルマを走らせる。
乗せてから降りるまで家内の話は止まなかった。
こちらは信号など無関係。
赤で停車しても話は続き今日撮影したという写真を見せられる。

そして驚いた。
ママらは一様に若く可愛く品がいい。

中一のママと言えば大体が30歳後半から40歳前半。
無意識裡、自らを中3くらいに思っているので、40歳と聞けば年嵩だと一瞬感じるが、よくよく考えれば私のほうが歳を食っている。
46歳の私からすれば全員が年下だ。

そのなか家内も十分に若く可愛く溶け込んでいる。
女性の間では「5歳若けりゃ袈裟まで憎い」と言われるように年齢ギャップは男が思う以上に重大事であるらしい。
さっさと結婚し子ども授かって良かったとつくづく思う。

順当に行けば夫婦50歳で子供から手が離れ60歳でその結婚を見届ける。
10年遅ければ人生の景色はもっと重いようなものであったかもしれない。


自宅にクルマを停め夕飯をとろうと駅の南側を夫婦でぶらつく。
ママ友おすすめの店がこのあたりにあったはずと家内に連れられとある料理屋の暖簾をくぐった。

まかないは一人。
配膳も一人。
職人である亭主が料理を作り女房が接客する。
夫婦手を携えてという店のようである。

このような光景を見ればまずは無条件に応援したくなる。
私たち夫婦も同じようなものであり親近感と共感が湧く。

しかし、店はこじんまり、というより狭苦しい。
あらゆるスペースが狭く、客の応対をする奥さんは細かな気遣いしながら動かねばならない。
たいへんな重労働に違いない。

ご主人も途切れることのない注文に対応し料理を作り続け、まさに休む間もない。
これまたハードだ。

だから掃除が行き届かなくとも仕方ないのかもしれない。
私たち夫婦の目線の先すぐのところに日本酒などが並べられているのだが、その棚がホコリだらけであった。

やや落とし気味の照明がうず高く積もるホコリの一粒一粒をその陰影まで含めて照らし出す。

家内が反射的におてふきで掃除しそうになったので、慌ててその手を止めた。
ここは見ぬふりするのが、慎み深い和の作法であろう。

私たちは寡黙に、ホコリが舞わぬよう息を潜め静かに食事した。
料理はそこそこであったが、ホコリの印象を上回るものではなかった。

店名は明かせない。


帰宅する。
家内はママ友らとの電話やメールで忙しい。
どうやら家内は人気者であるようだ。
その様子を横目にリビングで映画を見る。

タイトルは「セッション」、アメリカ映画だ。

超一流のジャズドラマーを目指す若者が主人公である。
立ちはだかる師匠の指導が強烈。

圧迫的な師弟関係というものは、大学の理系の研究室をはじめどこにでも見られる。
高み目指してきた者なら誰しもが多かれ少なかれこのような抜き差しならないような緊張の場面をくぐり抜けてきたであろう。
「あんな時代もあったね」と目頭熱くし振り返り、初心に返りたいようなときにはうってつけの映画かもしれない。

このような圧迫的な状況に置かれることは誰にでもあり得ることであるので、子どもたちの予習教材としても有用だろう。

そしてもちろん映画であるから、予習や復習の次元に留まらない。

ラストは圧巻であった。
音楽に関係する映画では「北京ヴァイオリン」のラストにむせび泣いたものであったが、こちらのラストも心震えて止まらなくなる。

のしかかってくるもの、立ちふさがってくるもの、それら行く手を阻む何事かに訪れられた時には、この映画のラストがヒントになって、ドラムの激しいサウンド付きで勢いづかせてくれるはずである。

その境地については、突き抜けてしまう忘我とでもいうしかない。

私は映画を見つつ思わず手拍子し、主人公と師匠が今まさにいるその世界に巻き込まれ喝采していた。
家内は不思議そうに見ていたが、私一人きりで見ていれば感涙は避けられなかったであろう。

一夜明け、映画のメッセージがまだ身中に熱く留まっている。
挫折などあり得ない。
突き抜けろ。

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