KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

ヒヤヒヤの受験親時代


何人かが盛んに声援を送ってくれる。
私は彼らを知らない。
記憶を探るが思い当たらない。
面識あっただろうか。
首を傾げる。

カラオケ大会の会場、私は「ギンギラギンにさりげなく」を熱唱している。
と、サビの部分が終わったところで突如モニターが跡形なく消えた。

歌詞が分からない。
絶命寸前の金魚のようにパクパクと口を動かすだけとなる。
目で周囲に助けを求める。

誰かが気を利かせ何か持ってきてくれた。
炊飯器だ。
これでは歌えない。

窮地に陥る。
もはや絶句するしかない。


朝5時、目が覚めた。
ちょうど二男の目覚ましも鳴る。

二男とともに起きだす。

私は出かける前の一仕事にとりかかる。
パソコンに向かい前に座る二男に炊飯器の夢について語る。
二男は朝練に向かう前の腹ごしらえ。
どんぶりで飯をかっくらっている。

糖質制限に何か関係する夢に違いない。
苦もなく継続しているが、心の奥底、白飯への憧憬のようなものがあるのだろう。
二男の食いっぷりに目を細める。


学校へと向かう二男を二階の窓から見送る。
今にも雨が降りそうな曇天の土曜。

飛行機の到着予定時刻は7:40。
伊丹までは30分もかからない。
7時過ぎに出れば間に合う。

コーヒーを飲みつつ家内が身支度するのを待つ。

7:10に出発し伊丹に到着したのが7:35。
南ゲートに集合と私は思い込んでいたがひとの気配がない。
北ゲートまで早足で歩くことになった。


到着口には既に父兄の人だかりでできていた。
7:40着の出迎えで7:40過ぎに来た者など私たち以外にはなかった。

まもなく続々と生徒らが姿を現し始めた。
それぞれの家族が彼らを出迎える。

長男ら一行をクルマに乗せ阪神間にある各自の家へと送り届ける。
無事帰国しほっとした様子の彼らのなか、長男一人、アメリカへの恋慕を断ち切れない。
ああ、アメリカに帰りたいと何度も言う。
アメリカ・ロスとでもいうしかない症状だ。

171号線を走る。
小雨の水滴が薄曇りの街をさらに曖昧模糊とした風貌に変えていく。
久々の日本。
その顔立ちは冴えない。


友人らについては何度も顔を合わせているがきちんと話したことはなかった。
運転しつつ会話に耳を傾け時折は会話に参加する。

スタンフォード大の芝生でみなで寝転んで語らったんだってね。
そう水を向けると、長男が言った。
おれらは芝生の上でラグビーをした。

閑静な趣きのキャンパスでキャッキャはしゃいでラグビーするアジアの少年らの姿を思い浮かべてみる。

開いた口を何とか塞ぎ、言葉を継ぐ。
ラグビーボールはどうした?

BYUで買った、と長男が言う。

BYUと言えば、ブリガムヤング大学。
ラグビーの名門だ。
親が思っている以上に息子はラグビーバカのようである。


彼らの会話を耳にし、なるほど「ピア効果」とはこういうことを言うのであると深く納得した。

知能も意識も高い友人らの相乗効果で互いが更に高め合っていく。
こういった関係の組成はプライスレス、まさに無上の価値だ。
いくらカネを積んでも買えるものではない。

このような仲間に恵まれることをこそ望んで中学受験させたのだった。
当初の目的は結実しつつある。
そう実感できた。


送迎を終え、事務所に向かい夕刻に帰宅する。
長男は時差ボケで朝から「寝ずっぱり」のようである。

まもなく二男が帰ってきた。
シャワーを浴びて食卓につく。

部活で先輩に褒められたようですこぶる機嫌がいい。
時に厳しい高校生の先輩らが上達を評価してくれた。

嬉しくて愛染坂を駆け上がってロッキーのようにガッツポーズしたのだという。

縁に恵まれ二男も良き人たちの輪の中にある。
二男の学校も縦に横にとピア効果の宝庫と言える。
中1から高3までが学校では同居し、年がら年中合宿があって同級生と寝起きする。
大量の水分子がはじけてピア効果のマイナスイオンがそこら中に発生し続ける水源地にあるようなものだ。


二男が在籍していた当時、上六の教室では灘へとシフトする方針転換があった。
「塾柄」が変化する過渡期の渦中に置かれた。

灘が意識されれば同時に甲陽にもスポットライトが当たることになる。
受験前の秋頃、甲陽志望者が募られ5人の生徒が手を上げた。

従来であれば星光を目指す層の5人である。

うちも声をかけられた。
一瞬迷う。
甲陽って、かっこいい。
そして一瞬後に結論を下す。

甲陽の入試はかなりハードだ。
倍率は低いがそもそも対する相手が並みではない。
本気も本気の熾烈な戦いとなる。
出題される問題は難しくしかも試験は二日間にも渡る。

入試については星光の方が組みやすい。
しかも私の母校だ、知って馴染んだ仲間も数多い。
直線距離では甲陽の方が近いがアクセスは星光の方がいい。
エトセトラ、エトセトラ。

それで断った。
星光に向け万全の対策を施して下さいと改めて頼んだ。


甲陽への対策を始めた塾の在り方について当初私は懐疑的だった。

そもそもが星光の対策において定評ある塾である。
彼ら5人が不本意な結果に終わるのであれば塾の責任が問われはしないか。

星光の入試をイメージで言えば、サッカーでいうところのPKのようなシーンが思い浮かぶ。
止まったボールを蹴る。
キーパーの防御さえかい潜れば合格だ。

一方、甲陽になると大違い。
インプレー中にシュートを決めるようなもの。
キーパーだけが相手ではない。
めまぐるしい動きの中、フィジカル強いディフェンダーが幾人もカラダをぶつけてシュートを阻止してくる。

ラグビーで例えても、ドロップゴールで得点狙ったりスクラムからトライを狙うよりPKを選択した方が得点できる確率は高い。

リスクを回避し安全策を取るのが、監督である父としての合理的な選択であった。

もちろん星光が安全パイなどと、実際の試験を終えたいま、思うことなどあり得ない。
試しに受けてみれば分かるだろう。
競争は激しくハイレベルでミスは許されない。
誰が臨んだところで易しく組み伏せられるような相手ではない。

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結果、5人全員が甲陽に合格した。
内実を知る者からすれば、たったの5人という話ではない。

乱戦必至の困難極める入試において、希望した5人全員にゴールを決めさせたのだ。

その指導に注力した講師らは地味だが丁寧で粘り強い指導で定評ある方々であった。
つくづく思う。
入試において塾の存在は大きいが、講師の方こそものをいう。

講師の当たり外れですべてが決まると言っても過言ではないだろう。

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蓋を開けた結果について、我が家は5年間の受験親時代を通じて身に沁みて知っている。
順当に合格を手にする者たちがいる一方で、「ことごとく落ちる」のが中学入試だという印象の方が強い。

上六の教室で星光に通ったのは一人だけであった。
場所柄からして多くは星光を第一志望としていた。
幸いなことに星光に落ちても何人かは最難関の一角である西大和で巻き返し、また何人かは背水の陣で臨んで最もハードルの高い東大寺で奮起し意地を見せた。
それ以外は、どこに落ち着いたのか話は聞こえてこない。

本番においては偏差値など気休めにもならない。

誰の立場が置き換わっても何ら不思議ではない。
志望した学校にことごとく落ちるという確率は冷静に考えれば我が家においても誰においてもゼロではないのである。

空恐ろしいと言うしかない。

三年前の長男のときもそうであった。
当初在籍していた大手塾の星光クラスの地元の友達で、星光に通った者などなかったし西大和や東大寺に通った者もなかった。
全体で見れば誰かは通ったのかもしれないが、身近を見渡せば全員が落ちていた。
優秀な彼らであり、漠然とみな通るのであろうと思い込んでいたのでこの結果は戦慄であった。

当時は大は小を兼ねるといった受験対策の塾であった。
あのまま在籍し続けていればうちもそうなっていたであろうと思うと今も肝が冷え背筋凍りつく。

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パッションを前面に出す長男はまさにその長男にピッタリの、パッションのマネジメントに長けた意気「ギンギラギン」の学校に属し、そこで試行錯誤しつつも成長の軌道に乗っている。

一方、強い意志を内に秘める二男はまさに二男にピッタリの、理想高くしかし声高としない「さりげなく」熱意ある学校で、温かく見守られ日々鍛えられている。

先のことは当分措くとして、ヒヤヒヤの受験親時代を振り返り、ひとまずほっと胸を撫で下ろす。

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