KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

一呼吸おいてから山の神のもとへと帰る

晴れの日もあれば雨の日も。

雨が降り続く中、帰宅する。
クルマを停め家には入らずしばらくそこで過ごす。

街灯が雨滴を照らし時折前を過ぎるヘッドライトによって路面が黒く光る。

クルマの中は特殊な空間だ。
エンジンを切りあたりが暗がりであれば尚更。
しかも雨まで降っている。

車内は異様なほどの静けさに満ち、おのずと自身に向かい合うだけの場所となる。

したたる雨でフロントガラスが覆われ前方の景色が気鬱な抽象画のように見える。
黒く茂った木々を後景に、傘差す人が間断なく通り過ぎていく。
仕事を終えた人々が駅から大量にはき出され、家路につく人が碁盤の目をなぞるように往来を埋め尽くしていく。
上空から見下ろせばそのように見えることだろう。

どのアングルから見ても世界は凝りに凝っている。

三十代を終えようとしている若き私が家の前に立っている。
記憶を思い起こし前方を凝視する。

ちょうどこれくらいの時間帯であった。
宵のうち。
引っ越しを前にし私は新居を見上げ希望に胸を膨らませている。
子らはまだ小さい。
私は缶チューハイを片手に過去を振り返り感慨に耽って未来に思いを馳せている。

そこに立つ若き私には、停車中のクルマのなかに私がいるなど見えるはずがなく、今の私が何を思っているのか見当さえつかないだろう。
未来はいつだって不可視。
晴れの日もあれば雨の日もある。

仕事は順調だ。
この日も役所に提出する外国人のための上申書を数通書いて喜ばれた。
なかなかの出来栄え。
何度も読み返し自らの成果を自画自賛したばかりであった。
ツバメ君にまかせた申請案件も無事終えることができた。
仕事は押し寄せ楽ではないにしても着実に前へと進み今のところ憂いに追いつかれそうな徴候はない。

インターホンを誰かが鳴らす。
長男だ。
門扉の鍵を持ち合わせていないようである。

二男が玄関から出てくる。
門を開ける。
何やら話しながら二人揃って夕餉団欒なのであろう家へと入っていく。
二男の様子から山の天気を推し量る。

間にクルマが一台あって彼らからの視界は遮られている。
二人は私が向こう側のクルマに座っていることに気づくはずがない。

遠くから見守るように二人の姿を見送る。
二人が頑丈に、明るく朗らか育ち、この家で憩い暮らしている。

ここからラグビーの練習に出かけ、塾へ出かけ、それぞれの中学へと通う。
まちがいなくこの家は、彼らの奮闘を支える立役者のひとりに数えられるだろう。
そして、家族と暮らし友人らとの交流の場でもあるこの家は、この先の人生において彼らの確たる定点となっていく。

何だか分からなようなものに感謝しつつひとり黙想の時間を過ごす。

かつて新居を前に一人過ごした時間と同様、この時間も私にとっての定点となっていく。
それらを足場にして繋ぎ繋いでこの先も渡り歩いていくことになる。

雨は降り続き眼前の薄闇は漆黒へと次第その濃さを増していくが、わたしはますます明るく元気健在で背後ひかえる我が家からも男子二人があふれんばかりの光を発し続けている。

どんとこい、と腹を括って私は家の敷居を跨いだ。

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