KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

マンボウトンネルを駆け抜ける

高さは1mを超える程度。
したがって頭低くし腰かがめ這うような姿勢で走り抜けなければならない。
幅もない。
だから前方に人がないことを確認してから踏み出すことになる。
そしてプールの向こう岸までといった距離。
結構な体力を要する。

家内の後ろに続いて走っての出口手前。
家内につられて頭を上げてしまった。
家内は頭上高く空が広がる地点に達しているから何も問題はない。
私の上には天井。
頭をしたたかぶつけることになった。

私にとっては強烈な痛みとともに存在するマンボウトンネルである。
いくら近道になるからといって以来そこを通ることはない。
もとは用水路。
そもそも人が通る場所ではない。

けれど、この日は二男に付き従った。
たかがトンネルごとき。
物怖じするなど男の估券にかかわる。
二男がそこを進むのであれば望むところである。

平気涼しげに駆け抜ける二男の背を必死で追う。

トンネルの向こう側から私の形相を眺めれば修羅ケダモノの類にしか見えなかったであろう。

二男とともに向かうは「和み」。
ラーメン屋である。
時折、焼き餃子を買って帰ることはあってもそこで食事したことは一度もない。

しかし、二男がそこのラーメンを食べてみたいと言えば、野を超え山越え谷越えて、トンネルくぐって馳せ参じることになる。

二男はとんこつラーメン、やきめし、餃子を注文する。
私は餃子とビール。

食べる二男の表情は柔らかにこやかであり、腹だけでなく心まで満たされていく様子が手に取るように分かる。
味はわりといけるようだが、当分のあいだ私はラーメンの恵みに与ることはできない。
美味しそうに食べる二男の顔を見てそれで満足するだけのことである。

前夜金曜、パリでは銃が乱射され自爆テロが相次いだ。
数多くの人命が降って湧いたような災いによって突如絶たれてしまった。
どれほど無念なことであろうか。

このような凶行が世界各地で現在進行形で計画され続けこの先もまた果てなく繰り返されていくのだろうか。

いつなんどきもどこであれ用心するに越したことはない。
そのような災難で命を落としてはたまったものではない。
命を守る、そういった野生の心をもって日々過ごさなければならない。

そう話し終える頃、持ち帰りの餃子が焼きあがった。
受け取って勘定を済ませる。

往路に続いて復路もマンボウトンネル。
お酒入った分だけ、ハードさが増す。

二人で駆け抜け、並んで帰る。
さて、日米野球はどうなっていることやら。
野球観戦してから風呂でも入ろう。
そう二男と夜道で話し合った。

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