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KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

弁慶6人に囲まれる牛若丸


留学手続きは思った以上に骨折りであった。
東京のアルクにはおおいに助けられた。

最初の相談の段階からこちらの意向を正確に汲み、最良のプログラムを見出し、橋渡し役として最善を尽くしてくれた。
今後のフォローにおいても期待が裏切られることはないであろう。

まさに文字通りのお誂え向け。
長男にとって格好の12週間となる。

学校主催のコースとは別途であるため連れ立つ同級生はない。
カナダへと向かう同級生らのチームもあるがそれはアボッツフォードであって、長男が身を置くことになる地はトロントから少し離れた文教の街。
留学生はさほど多くなく、しかも人のはける極寒の時期。
おそらく同胞は数える程度であろうし、在籍する現地校においては皆無であるかもしれない。

当地に伝手はなく知人もない。
自分一人で常に状況判断し何とかしなければならない。
その環境が彼を磨くことであろう。

二男についても頃合いを見計らって同じくアルクにお願いすることになるだろう。


申請書類に関し心強い支援があったことも忘れてはならない。

通学経路の天王寺に田中内科クリニックがあって助かった。
必要となる予防接種について田中院長が親身に相談に乗ってくれた。
また、留学申請書に添える医師所見において「特大級にエクセレント」と長男の健康状態に太鼓判を押してくれた。

学校の先生からは人物所見として「学力は非常に高く、人並み外れた体力、仲間を大事にし友のために行動でき、異文化交流にも積極的、チャレンジ精神とガッツにあふれた文武両道の男子」とのお墨付きも得た。

年明け早々から高校の入学式直前までの期間を海外の学校で過ごせるのは中高一貫校ならではのことであろう。
濃密かつ効率的なカリキュラムがあってこそ生まれる余剰の時間。

ゆとりは、ゆとりから生まれるのではなく、多事多忙を母とする。
この逆説を体感してはじめて充実の何たるかを知ることができる。


定期試験最終日を終え、長男の友人らが我が家に集まった。

全員が年明けから異国へ赴き春まで過ごす。
英語は既習であるというので北欧を目指す者まである。

いずれも凜乎とした選りすぐりの好男子、部活キャプテン級のオールスターが顔を揃えた。

クルマを3列シートにして二男を含め計8名で小曽根線を南へ下る。
安全運転にもほどがあるだろうというくらいに安全運転を心がける。

夜10時、熊野の郷はガラ空きだった。

各自のカラダは各自のものである以前に実は所与のもの。
自らに先立つ要素によって構成されたものであり、つまりは人類一般に属する。
人と比べてどうのこうのという話ではなく、どれもこれもが人類全体の一形態、古今東西、誰かが有した形質の組み合わせ。

だから何も恥ずかしがるようなことはない。
これが人間なのだと自らについて堂々としていればいい。

そのような話は一切無用であった。
清々しく、男子開けっぴろげで過ごす湯浴みの時間となった。

交差はしつつも彼らの団欒に土足で踏み入らぬよう少しばかりは距離を置き様々な湯につかる。

向こう側、大きな湯船に彼らが勢揃いつかってくつろぎ、そこに二男も混ざる。
弁慶6人に囲まれる牛若丸といった絵に見える。

熊野の郷を大いに気に入ってもらえたようであった。

会計を済ませると二回分くじを引けるという。
何も喜ぶようなことでもないはずなのに五等賞が連続し歓声があがった。

そのわいわいがやがやを乗せ自宅へと帰還する。


布団を借りなければならなかった。
隣家まで付き従うよう男子らをいざなう。
しかし、現れるかもしれなかった同じ年頃のお隣の女子らは姿を見せなかった。
現れたのは母ひとり。
そのときばかりは男子らのわいわいがやがやが鎮まった。

布団敷き詰められてリビングは彼らに占拠された。
階下の彼らに夜は訪れない。

わいわいがやがやをBGMにして我が家最上階、ハイボールを飲んで家内と過ごす。

この日、家内は長男の学校のママ友らとお出かけしたという。
楽しいエピソードに満ちた家内の話は終わらない。
笑って飲んで、夜は更けていった。

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