KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

ちょっとした歓喜の瞬間


金曜夕刻、私はくたびれ果てていた。

所要一時間と見込んでいた役所の調査立会が長引き、午後すべての時間が費やされた。
細かな確認事項についてその質問の趣旨を呑み込んで説明を加え続ける作業はただでさえ神経を使うが長時間に及べば消耗というしかないほどの疲労を伴うものとなる。

疲れ果てるが長く調査担当と向かい合うものだからだんだんと気心が知れてくる。
一緒に試験勉強でもしているかのような一体感のようなものさえ最後には芽生えたのではないだろうか。

だから、すべて説明がついたときには一試合終えたような、互いをたたえ合うような充実感を覚えた。
しかし、のしかかってくるようなグッタリ感は拭い去れない。


事務所へと帰還する前に西九条の大福湯に寄る。
一呼吸の間が必要だった。

サウナで弛緩する時間を過ごす。
ポカポカとした暖かみに心身が和んでいく。

汗がじんわりと噴き出す。
ひと雫ひと雫が一週間分の疲労の結露のように思える。
それが一斉に体外へと掃き出されていく。

疲労をすべて洗い流し、気分は一新された。
事務所には寄らず、残って作業するツバメ君に言付けだけ伝え、一足先に帰途につく。


この日、あるいは飲み会のお呼びがかかるかもしれないという想定があったので足は電車。

神戸方面へと向かう車内、ふと見ると知った顔があった。
ご年配の税理士先生であった。

知らぬ顔をするのも失礼なので歩み寄って挨拶し横に並ぶ。
一年はあっと言う間ですねという以外に話題がない。

若かりし頃であれば何であれ喋って喋る饒舌の青二才、初恋の話であろうが、誰かのうわさ話であろうが、世間賑わす痴話話など、脈絡なく矢継ぎ早に俎上に載せやたら口数の多い私であったが、いまや中年の域に差し掛かっては沈黙に滞空し静か過ごせるようになった。

私が黙っていると、税理士先生が口火を切ってマイナンバーやら仕事の話をされ始めた。

適当に相槌を打つものの仕事後の夕刻にふさわしい話とも思えない。
あそうそう、先日京都へ行ったんですよ。
私は話題を変えた。

当たり障りない会話するなら、イギリス人なら天気の話、日本人なら京都の話。
それが定石だ。

そもそも千年前から京都は関心の的。
信長だって謙信だって信玄だって政宗だって京を目指した。
京都のことなら日本人はみな聞き耳を立てる。

耳目集める頻度についてアクセス回数みたいな記録があれば千年を通じ、京都がダントツ、引き続いては伊勢、かなり離されて江戸、という具合であろう。

西暦3,000年くらいになれば、そのときは東京が京都を抜くのかもしれないが、そのときまで日本があるのかどうかは誰にも分からない。


長男一人が家にいた。
二男と家内は友人宅へとお出かけだった。

幼稚園からのお友達、学校は別だが子らも母らも年がら年中仲がいい。
ひとつところ以外にも友がいるというのは喜ばしいことである。
小学校からの友達にラグビーの友達、塾仲間に中学校の友人、すべての出合いに意味がある。

作り置きの夕飯を食べて長男と過ごすが、いつの間にか彼は眠り込んでいた。
先週も模試があり、今日も模試があったということだった。
Z会やら駿台やら長男の学校は事あるごとに模試に挑んでいく。

他流試合は自らの力を知るだけのみならず、それ自体で力を増幅させる効果を生む。
測るだけダイエットみたいなものと言えるだろう。
意識することが効果に結びつく。

数多く模試をこなすことで得る力の累積は決してあなどれないものであろう。


その寝顔を横目にし、一人静かにハイボールを飲む。

ふと思い出す。
あの日私は大阪環状線のガード沿いにクルマを停めて報せを待っていた。
私は急遽の用事があって顧客先を訪れなければならなかった。

合格発表の場には家内がいる。
定刻まであと10分。

運転席に座り前かがみ。
息を潜めるように携帯を見つめ続ける。
宣告を待つ時間に正気を保つのは簡単なことではない。
いてもたってもいられない思いのまま、座して待つ。
息が詰まってただただ苦しい。

定刻ジャスト。
電話が鳴った。

緊張がピークに達する。
携帯を持つ手が震える。

家内の声が聞こえるが、私に向かって話すのではない。
家内はいままさに掲示板を前にしているようであったが、しかし周辺のざわめきの音声が混ざって、状況がすぐには把握できない。

家内が何度も読み上げる。
その声だけが聞こえる。

間違いがあってはならないないと、震えながら慎重に、繰り返し声に出す。
そして読み上げる声がだんだんと強く、読み上げる間隔がだんだんと短くなっていく。

何度聞き直しても、ピッタリ合致、それは長男の番号に他ならなかった。

私はクルマのなか腹から声を絞り出すようにして咆哮した。
喜びが全身を這いまわって頬はプルプル、背筋のゾクゾクも止まらなかった。

生涯忘れらない歓喜の瞬間となった。

今年もまもなく中学受験のシーズンが到来する。
そこかしこ、数々の咆哮が発せられ街に響き渡ることであろう。


SNSを見ると、きょうクリ院長がブログを更新していた。
「欲望を満たすことではなく、ミニマムなシンプル感を内に備えることこそが幸福を享受するためのキーとなる」、そのような記述があって唸らされる。

「ええ内容やんかいさ、さすが精神科医」とハイボール片手にきょう院長にメッセージを送った。

ちょうどその時きょう院長の息子くんが父のために手料理をこさえてくれていたようであった。
33期男子の息子たちのなか間違いなく最高域の頭脳。
その彼が作った料理の写真を目にすることができた。

息子くんに対するきょう院長の並々ならぬ深い愛情がその一場面から伝わってくる。

尽きることのない息子愛。
我ら中年が集まった際には、京都の話よりも、子供の話で夜通し盛り上がれることだろう。

33期冬会をそろそろ企画せねばならない。

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