KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

京都より金沢がいい、と子らは言った。


朝7時、白鷺湯たわらやを後にする。
たわらやの心こもった接客は十分に満足ゆくものだった。

特に食事の世話をしてくださった方の献身ぶりには頭が下がるような思いであった。
暮れから正月にかけまかないさんの仕事は早朝から深夜に及び休みなく相当にハードであったに違いない。

ご年配であればなおさら。
かなり堪えるのではないだろうかと察せられるが、笑顔は絶えず、気遣いも絶えなかった。

行き届いた接遇のおかげで終始居心地よく過ごすことができた。
それに加え、「働く」ということについての学びも得られたように思う。
子らにとってもいいことであった。

料理も温泉もロケーションもよく、更に最重要ポイントである接客もいい。
北陸を訪れるならここがいいだろう。


駅までの道中、タクシー運転手の話に惹きこまれた。

ほんの半時間でその半生を知ることになった。
父への反目、上官とのトラブル、そして夫婦でこの地を居にするまでの経緯。
有名人の甥っ子であることも最後に分かった。

北陸の地、たまたま乗り合わせたタクシーであった。
が、そこにも語り尽くせぬほど盛り沢山のエピソードに満ちた人生があり、継続中なのであった。


朝一番で動く。
我が家の鉄則だ。

兼六園に到着したのが朝8時過ぎ。
ほとんど人影はない。

曇天であり小雨もぱらつくが天気は持ち直しそうな気配である。

雪吊りされた松に雪はなく、しだれざくらに桜もないが、緑の配置が絶妙で、園内の用水の水流があまりに美しく、全体の清涼感をいや増しにしている。

園内は静謐かつ情緒にあふれどこもかしこも美しいが、街を見下ろす眺望もこれまた素晴らしい。

がさつな男子であっても、こうまで品に溢れる場に置かれれば、その美について感知せざるを得ない。


引き続き、タクシーを乗り継ぎ、ひがし茶屋と武家屋敷を散策する。
ここでもまた息を呑む。

和の趣きの何たるかがここに凝縮されている。
これはいい。
日本人であることの最良の感性が、町並みに具現されていると言えるのではないだろうか。

子らは言った。
京都より金沢の方が好きかもしれない。


そして、近江町市場へと向かう。
時刻は午前11:30。

もりもり寿司近江町店には列ができていた。
さすがに噂の人気店だけある。
わたしたちは10番目。

観察していると三分ごとに客が回転することが分かる。
三分間隔で一組の客が退店し、あらたな一組が列に加わる。

飲食店は回転が命。
安定的にリズムよく客が出入りするこの店の回転率は、まさにまさに理想的と言えるだろう。

かねてから聞いていた。
金沢の寿司のレベルは非常に高い。
回転寿司ですら、大阪の老舗を凌駕する。
そのなか随一の有名店であるから、期待が高まる。

待つこと30分。
テーブル席に案内された。

期待を上回る美味しさであった。
回ってくる寿司を次々手にとり、おすすめどころを画面でオーダーしていく。
夕飯が食べられなくなっても構わない、子らはそう言い、この一期一会を逃すまいと寿司に全身全霊を傾けることとなった。

満腹となって店を後にし、帰途に知る。
もりもり寿司は、大阪にも神戸にも店があるのだった。

男子校的な純朴が社会の現実を目の当たりにしたかのよう、我々は複雑な心境となった。
一点の汚れもなく楚々とした金沢であるはずだった。
選りにも選って全国札付きの一、ニを争う大阪と神戸の影がそこにちらつくなど心中おだやかでいられるわけもない。


様々なタクシーの運転手の横顔に触れる旅となった。

普段は無口な私だが、意図的にいろいろと話す。
どこであれともに行動するなら、子らにとって学ぶところ大であるよう心かける。

この日最後、金沢駅まで向かった際の運転手がもっとも印象深い人となった。

方言のまま淀むことなく、金沢について語る。

例年であれば暮れに雪が降って、それが年が明けても残る。
空は決まって薄暗く、それが影を落としているのか、金沢の人はあまり明るい性格ではない。

ところがこのところ天候が変化してきた。
雪は降らず空に晴れ間がのぞくことが増えた。

雨傘と鼓を模した駅が、雨音を遮って、小気味良い撥音を発し賑やかさを呼び込んだのだろうか。
街に変化が生じている。
少しばかり明るくなっていくような兆しが感じられる。

駅に横付けし、運転手が勧めてくれる。
地下に降りれば、何も買わないでもがお腹がいっぱいになる。
試食コーナーが充実しているので、ここだけで金沢の味を知ることができる。

わたしたちは、ラストスパートとばかり、加賀の国の名店が所狭しとひしめく地下土産物店で小一時間過ごした。

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