KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

浮沈の鍵を握る思わぬ伏兵

先日のこと。
遊技業を営む事業主と会った。

栄華誇った時代は遠い昔のこと、いま遊技業は斜陽にある。
根比べするみたいに土俵際粘りつつも、かつて華美を競い合った経営者らが一抜け二抜けしていく。

残った者らは引くに引けず奇跡のような事態の好転に一縷の望みを託し資金繰りに追われる日々を送っている。
精根尽き果てるのは時間の問題だろう。

儲かった時代のきらびやかさはすっかり影を潜めてしまった。

しかし、業界を構成するすべての業種が軒並み急降下の螺旋に呑まれている訳ではない。
ホールもメーカーも苦戦続きだが、小商いに近いはずの景品屋などは手堅い切り盛りで繁盛を続けている。

業界のなかでは地味で目立たない存在の彼らであった。
ホールの経営者がフェラーリを乗り回すのを横目に、彼らは軽トラで営業にまわり、もしフェラーリに乗る場合でも、自宅のシャッターの奥に隠して人知れずにするような連中であった。

ここにきて、遊技業の苦境を打ち破る存在があるとすれば、彼ら、景品の卸問屋たちではないかと見る向きが増えてきた。

ホールが催すイベントや新機種の趣向やキャラクターなどではもはやどうにもならない。
しかしもしホール店舗を横断的につなぐ流通システムが構築されるのだとすれば、インフラとしてこの業界が有するポテンシャルはまだまだ捨てたものではなく、そこに活路を見出せるのではないか。

そこで大きな役割を果たし得るのは、景品の卸問屋をおいて他にない。
各地店舗のパイプとなる存在は現状において彼らだけであり、また、商品を繰る方法論を有しかつ資金力もある彼らにしかシステムの構築はやりおおせない。

彼らが一段高みに立ってホールの店舗をネットワーク化し種々様々のオリジナル商品やサービスを景品として投入していく。
海外旅行が景品になってもいいし、宝くじが景品になってもいい。
考えられる限りで網を広げ景品として以外入手できないような特別な企画商品が次々と打ち出せれば、失われた関心を蘇生させ再び耳目を集めることができるに違いない。

景品の魅力とインフラとしての利便が現在の停滞を打ち破る。

目を爛々とさせ語る事業主の話に引き込まれつつ、思わぬ伏兵がキーマンとなるのかもしれないという話の展開をたいへん面白く思った。
遊技業を成すのはマシンであり、ホールであり、そして最も肝心なのは換金的な要素であって、景品などお飾り的な、バックエキストラのような存在でしかない。
誰もがそのような枠組みで捉えている。

盲点ともいうべき箇所に焦点を当て変えるだけで、業界が有するイメージまでもが変貌し得る。

オンラインでつながって透明性が得られればこれまでの眉ひそめられるような偏見も払拭できるであろうし、換金性が前面に出るのではなく商品がそこに並び立つのであれば隠微さもずいぶん軽減されるだろう。
何か災害などあった際には、業界全体で協力して景品献上の代わりに義援金を集約的に募るようなこともできるかもしれない。

クリアすべき法的な課題やシステム上の問題は数多いであろうが、そこから何か利便が生まれ、面白いことが出現するのであれば期待を寄せたくなる。

数々の示唆に富む話であった。
いまは盲点とはなっているが、いざとなれば浮沈の鍵を握る伏兵がそこに存在しうる。
そう学んだことがこの日最大の収穫であった。

景品の卸問屋のごとく地味で目立たないがさりげなく力を蓄え、淘汰の波濤が押し寄せた時にこそ真価を発揮するような存在。
そのような在り方がとても格好いいものに思えた。

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