KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

人が世相を物語る

わたしにとっては一日の始まりである朝五時過ぎ。
土曜夜から朝まで飲んで始発待つ人にとっては長い一日の終わりの頃合いということになる。

その時差の両端の人間が朝の牛丼屋で交差する。

一人の青年がやたらと騒がしい。
年格好は二十歳そこら。
茶髪でアーミー服のようなものをまとっている。
線は細くか弱く、声は大きいが気は小さいように見受けられる。

今日は調子がいいといった自信満々な様子で喋り続けている。
自身の饒舌にご満悦のようだ。

といっても、止むことなく連発される言葉はどれもこれも寒いにもほどがあるといった低レベルに留まり、彼の内面が幼児以下であることが窺える。

ごはんつぶ、残したら、目つぶれるで。
センスゼロの若手芸人がするみたい、バカの一つ覚えみたいに同じフレーズを仲間に向け多用する。
いたましい。

彼の内面の空虚が無為な言葉を吸い寄せ、散らかり放題のまま飛散していく。

当初面白がっていたわたしも少しは不快になってくる。
ごはんつぶ、残したら、目つぶれるで。
この言葉が耳について離れない。
耳の奥に手を突っ込んで、鷲掴みにして取り除ければどれだけ清々しいことだろう。

センスゼロの仲間らがさすがに恐縮し周囲を気遣い彼のトーンを制御しようとするが、逆効果となるだけであった。
ここは大都会大阪やで、静かやったらおかしいやんけー、やんけー。

ガキが悪乗りするみたい語尾が復唱され、やんけー、やんけーという響きがこれまた耳のなか奥深くへと染み込んでいく。

前に座って苦笑している息子に言う。
いくら耳触りでもこういった状況においては放っておくのが最良だ。
いざとなれば席を立てば済む話であり、雨が騒々しく降っているのだと思えば腹も立たない。

この程度のことで干渉し、刺されでもしたらそれこそ人生台無しだ。
悔やんでも悔やみきれない。
気の弱そうな者に限って懐に何を忍ばせているか知れず、何をしでかすか分からない。

センスゼロが牛丼屋のバイト青年の動きを実況中継し始めた。
バイト青年を揶揄するように、その心境を代弁する。
「いまがいちばんしんどい、朝の5時台。あ、客が呼ぶ、めんどくせ、何なんだ、お茶かよ、やってられっか、おいおい礼もなしかよ」

センスゼロの置かれた境遇が分かったような気がして、わたしは息子に説明を加える。

嫌なことを忘れられた土曜夜の時間が終わり、彼は仲間と別れ一人になる。
それが寂しくて仕方ない。

これから帰って眠る。
目が覚めればすでに夕方、あたりは薄暗くなっている。
そして一刻の猶予もなく月曜日がやってくる。

おそらく低賃金で長時間労働を余儀なくされている。
まるで使い捨て、職場でも大事にされていない。

お金はなくこの先の展望もない。
夢は潰え、これといった才能も見当たらないし、胸を開いて話のできる友達もいない。

ごはんつぶ、残すと、目がつぶれる。

これは「つぶ」という語の重複を面白いと思って連発していたのではない。
無意識の悲鳴のようなものといった方が当たっているだろう。

そこまで想像し、だんだんと気の毒に思えてきた。
どこからどう見てもその青年は幸福そうに見えず、これまでずっと幸福ではなく、この先も幸福に出合えるようには思えなかった。

そしてゾクリとした感覚が背を走る。
ふとした拍子で誰だって、そうなりかねない。

人が世相を如実に物語る。
ごはんつぶ、残すと、目がつぶれる。
意味深な警句として捉えるべき言葉なのかもしれない。

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