KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

そこそこの人生でいいという退却戦

日曜午前、武庫川沿いを走る。
仕事から解放された休日のひととき、すれ違うジョガーの表情はどれも恍惚としたように見える。

一週間で脳に充満した噴煙ガスがきれいに換気されていく。
これは心地よく顔がとろけて当然だ。

川べりで少年野球チームが元気いっぱい練習している。
その様子を若い夫婦らが見守っている。

そういう時期があった、と懐かしく思い出す。
かつてプール教室に子らを通わせていたときのこと。
隣のレーンで夫婦揃って泳ぎつつ子らの様子を目で追ったものだった。

走り終え家族を乗せて中津浜線を北上する。
阪神競馬場を過ぎるまでは大渋滞であった。
ゲートに向かう一群に家族連れの姿が多く目立って意外であった。
どうやら阪神競馬場は競馬だけの場所ではないようだ。

宝塚のオーベルジーヌへはちょうど予約時間通りに到着した。

大食漢を擁する我が家においてはガツガツスタイルが食事の主流だ。
どういった風の吹き回しかこの日は静かゆっくり語らおうとなってフランス料理のテーブルが予約されることになった。

夫婦で並んで座り前に子が並ぶ。
二つ分の肩幅が揃って少しばかり誇らしい。

恭しく供される一品ずつを行儀よく味わう。
ポツリポツリと言葉が行き来し前菜からメインへと移る食事のリズムと調和して会話が弾んでいく。

親としては、子らがそこそこ勉強しそこそこの職を得てそこそこの暮らしを送ってくれれば御の字。
平穏無事に勝るものはなく松竹梅あれば一貫して竹で十分、それで間違いないという思いでの子育てであった。

しかしそれはわたし自身がそこそこの日常に安閑とし、それどころかこれで十分、多少は減速してもよしといった太平楽状態に陥っているからであったのだろう。
自分自身では勤勉に業務し前向きな姿勢で前途をきりっと睨んでいるとは思っていても、それは気のせい歳のせい、まさに慣性の法則、昔の余波で前へと進んでいるに過ぎないというのが実態なのかもしれない。

微温的な日本の空気に骨まで浸かり、そのような自身の像に気づくことなく、親はゆるみ切った顔で言う。
そこそこでいい。

さあこれから、という若武者に「そこそこ」を掲げるなど的外れにもほどがあり、もっと言えば罪作りなことであったとさえ言えるのかもしれない。

異国において単身過ごし彼は「そこそこ」という世界を外から眺めた。
何かセンサーでも発動したのだろうか。
カラダにいいよと親が勧める野菜もどきはどう考えても食えた代物ではなく、松や竹や梅もあったものではなくそれを美味いと思って食った瞬間、足元があさっての方向に動き出し何かが終わる。
彼はそう直観した。

親は言う。
日本であれば大学へ入れば一段落。
もちろん自助努力も必要だが、その後は流れが加勢し持ちつ持たれつ運んでくれる。

彼の地においては卒業までに過半が脱落するという。
まさに笑いっこなしの正真正銘のサバイバル。
力備わるにしてもやや過酷すぎやしないだろうか。

それに一般的な道ではない。
思わず親は一般という語さえ価値あるもののように語る。

しかしインスパアされてしまえばもはや若者の武者震いは簡単には止め難い。

いつかそのようなことを言い出すときがやってくる。
心の一隅においては予感めいたものもあったのかもしれない。

少し寂しいような気がし、その一方で意気揚々とする姿にその意気やよしという気持ちも生じそれらが綯い交ぜとなっていく。

子らには他の誰のものでもない彼らのためのまっさら盛りだくさんな未来が到来するのであって、よくよく考えればわたしにだっておそらく30年程は手付かず未知の時間が残されている。
人生終盤ではあるまいし「そこそこ」という退却戦を決め込んでいる場合ではないのだろう。

後にも先にも人生は一回こっきり。
しかも時間は分厚くかつ円環し何度でもやり直しがきく。

最後に親は言う。
それもありかもしれない。

まずは現状に真っ向対峙しそれをやり抜くことだろう。
互いに矛盾する話ではなくどちらも選べるとなってはじめてベストな答えが向こうからやってくる。

親としてもっと調べて知らねばならないことが山ほどもある。
どちらがいいかまだ当分は決められない。
ハイタッチはしばらく先のことになる。

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