KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

補助輪は外れ各自が突っ走りはじめた

休日については、子らのスケジュールがまずあって、それが定まってはじめて親の動きが決まるという流れになる。
小6の時は土日も塾で、それ以外の学年ではラグビーの試合や練習が毎週あって、いずれにせよ小学生の頃から予定の間隙は極小で、家族一緒という時間が優先されるようなことはごく例外的なことであった。

中学になればなったで、更に倍加し忙しい。
両方ともぼんやり過ごしてなんとかなるような学校ではなく、てきぱきとした時間管理術を否応なく身につけねばならず、休みは日曜だけであり、その日曜も結局のところ各自が取り組むアクティビティにおいて練習があったり試合があったり大会があったりするので、端から端まで濃厚そのもの。
それに加えて模試や英検まであって、その他したいことやりたいことは盛りだくさん、おまけに年頃の男子であるから友達付き合いも盛んとなって、自らの活性を最大化し続けるような日々を過ごすことになる。

引きも切らず各々に予定が入るため、家族全員の予定がピタッと一致する公約数的な日は激減し、どこかへ出かけて朝から晩まで一緒に過ごすといったことは奇跡のような話となってきた。

だから当然このGWについても別行動。
昨年は二男の中学受験が終わったばかりなので無理してでも予定をやりくりし春とGWに旅行に出たが、おそらくそれが最後。
この先は、日本全土がお休みモードに包まれる盆や正月以外、家族揃ってゆっくり過ごすといったことはほとんど叶わないことであろう。

それを少し寂しいように思いつつ、しかしいずれは独り立ちしていく身なのであるから、事は順調に運んでいると喜ぶべきことなのだろうとも思う。

送り迎えが必要であったチビっ子時代はとっくに終わり、どこへ行くにせよもはや親の付き添いなど不要となった。
補助輪が外れたようなものであり、あとは元気ハツラツ、パワフルなこぎっぷりができるよう親として祈って過ごすようなことになるのだろう。

彼らは彼らの時間を突っ走る。
そのための準備としての幼少であり、親はその助走に駆り出された黒子のようなものであった。

今日晴天の休日、各自成果ある一日を過ごせたであろうか。
夜、男衆三人で集結する。
晩飯を食いつつ、各自の今日についてじっくりと話を聞く。
そういった僅かな時間がとても貴重なものになっていく。

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