KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

最後の最後まで、彼らは男の顔を保ち続けた


雨音だけがしっとりと響く日曜朝5時。
長男が静か起き出し支度を始めた。

中止ではないのかという私の問いに、さも当然といった風に彼は答えた。
ラグビーと同じ。
警報でも発令されないかぎり行われる。

雨脚は昨晩から衰える気配がない。
こんな悪コンディションのなか競技するなど想像もできない。

長男の出発から遅れること一時間。
私たちも車中の人となった。

新快速に並んで座り高槻を過ぎた頃、二男の学校から一斉送信のメールが届いた。
体育祭は中止、翌月曜日に順延とある。

窓外を見る。
雨は弱まり、空が明るさを取り戻している。
天気は急速に回復しつつあった。


南草津に到着したとき時刻は8時18分。
立命館大学へ向かうバスに揺られ、キャンパスから歩いて10分。
人里離れたまさに僻地という場所にフットボール競技場があった。

まもなくフラッグフットボール関西大会の火蓋が切られる。

グランドでは色とりどりのユニフォームまとった選手らがウォーミングアップを始めていた。
小雨降るなか芝の緑はいっそう柔らかく、躍動する原色がとりわけ鮮やかに映えて、フェリーニ映画の絢爛な一場面のようにも見える。

一角に西大和の選手らの姿が見えた。
色も柄もバラバラなジャージに身を包み戦術を確認し合っている。

聞けば業者に手違いがあり、発注してあったユニフォームの納品が間に合わなかったのだという。
全員お揃いの着衣と言えば一つしかない。

彼らはこの晴れ舞台、まさかの体操服で飾るのだった。


午前10時を過ぎ、いよいよ彼らファルコンズ、つまりハヤブサ君たちの出番となった。
対戦相手は、社会人チームである大阪ハドルズ。
過去全国大会で優勝したこともある、よりにもよっての強豪だ。

グランドで並んで両者向かい合う。
ハドルズが頭一つでかく、カラダは三倍も分厚い。

かつて磐田スタジアムのピッチでジュビロの選手を間近で見たことがあったが、その情景がわたしの頭に浮かんだ。

小ぶりで線の細い我らがハヤブサ君たちは、群れなすトラの檻に入れられたようなものであった。
どれだけ頭脳明晰であろうが容姿端麗であろうが、運動がそこそこ達者であろうが、ここでは何一つ役に立たない。

一羽一羽に背番号が付されている。
体操服にガムテープで数字をかたどっただけの応急措置が憐憫を誘う。

「あの番号、すぐに取れてちがう数字になるんちゃうか」。
グランド外のおじさんがヤジを飛ばしギャラリーたちがどっと笑う。

そして容赦も猶予もなく試合が始まった。


考え尽くした戦術など、小蝿はたかれるみたいに、あっけなく無に帰した。
圧倒的な劣勢のもと、ハヤブサ君たちはトラに翻弄されっぱなしであった。

見物人のおじさんが指差して言う。
「おいおい、スパイク履いてるん一人だけやで、みんな運動靴や、滑って不利やがな」。
ギャラリーが笑いさざめく。

審判までもが呆れて言った。
「この子らルール知らなさすぎて、こわいわ」。

この5月に結成されたばかりの急造チームであった。
皆で集まって練習に時間を割いたが、実戦経験を欠けばルールの定着も甚だ心許ないものであろう。

右に左にいいように振り回され、周囲からは笑い声も聞こえてくる。

並の男子らであれば戦意萎え、愛想笑い浮かべるみたいにはにかんで、ヘラヘラしてしまうのが通り相場であろう。
誰だって、制御きかないほどに負け続ける戦況では、平常心を保てない。

一方的に降り注ぐ悲惨に耐えられず、なんちゃってと舌を出しておどけて見せて、媚びへつらって置かれた状況を誤魔化そうとしてしまうものである。


ところが、彼らハヤブサ君たちは、並の男子ではなかった。

窮地に陥れば陥るほど、声を出した。
単にへーとかふーとか、ガッツだぜとかいった意味のない虚勢の声ではなかった。

戦況を読み好機捉えようとするための、狙いを持った言葉を彼らは発し続けた。
相手の四番を捕まえろ、右サイドの相手は小さいから身長でおれらが有利や、相手の連携が乱れてるぞ、チャンスや。

小鳥たちのさえずりであっても、海千山千の相手に多少は影響を与えた。
パスコースが四番から二十五番に変わった。
これ一つとっても、ほんとにささいではあるけれど、小さな小さな戦況の突破口となり得るものだった。


彼らハヤブサ君たちは、最後の最後まで、男の顔を保ち続けた。
うつむいて目線を下げる瞬間など皆無であった。

尊厳あって気高い男子の面構えを崩すことなく、しぶとく食い下がって闘い抜いた。

わたしは感動で涙しそうであった。

背番号はガムテープである。
運動靴であり、この場では群を抜いてダサい体操服姿でもある。

それでも恥じ入ることなく、勝つと念じて前を向き続けた。
その気迫に、わたしはしびれた。

これこそ男子。
このような猛者強者が輩出されつづけるかぎり、日本もまだまだ捨てたものではない。
心からそう思えた。


敗戦を見届け、競技場を後にした。
人影少ないキャンパスでバスを待つ頃には雨はすっかり上がっていた。

帰途、わたしも家内も胸たかぶったままだった。
ちょくちょく我が家にも遊びに来る男子らの男っぷりを目にできたのだから、家内の方が感動は大きいものであっただろう。

途中、石山駅で降り松喜屋に寄った。
ビールで乾杯し、今日を振り返る。
話題は尽きない。
ガムテープ、運動靴、体操服、、、。

なんて頼もしく、面白い奴らなのだろう。
大拍手送りたくなるほどの武勇であった。
この先も語り草となる伝説誕生の日となった。

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