KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

誰であれ社会的感受性が欠かせない

仕事終えたときには夜8時を過ぎていた。
食事を済ませてから帰ろうと店を物色する。

根っからの下町気質であって貧乏性。
わたしなんか、、、という深層意識が棹さして敷居高いような店だと気が引ける。
高貴な出自ぶって紳士淑女然と気取って振る舞うような俗物にもなりきれない。

その場に馴染んで溶け込むような誰か付き添いがなければ雅な店で佇むなどできるはずがない。
だから、この夜も場末の回転寿司を孤食の場に選ぶことになった。
ここなら気安くちょうどいい湯加減でくつろげる。

土曜日なので混み合っている。
空席は僅かだ。

案内された席につく。
左側に女子二人連れ。
右側に女子一人客。

その間に肩すぼめて着席した。

回転であっても寿司は寿司。
カップルの姿もちらほら見える。
もちろん男性の一人客も少なくない。

寿司は日本の心。
週末のひととき、寿司が人の心にあたたか火を灯す。

左側の女子の注文がやたらと細かく、やや耳に障る。
種類によってはしゃりこまであったり普通であったりいちいち店員に指示し、ネタのあぶり方にまで口を出す。

混み合っていて店員はてんやわんやである。
しかも、寿司は寿司でも一皿135円の回転だ。

一般的な寿司屋であれば細かな注文もひとつのコミュニケーションとなり得るのであろうが、ここではなんとも奇異に映る。

細かな指示が悪い冗談、嫌がらせのようにも聞こえてくる。
牛丼屋で汁ダクねと告げる程度の一線を超えている。

と、右側でおじさんが誰かに対して声を荒げた。
一斉に視線が集まる。

このとき右隣のお一人女子が騒ぎはゴメンだとばかりに席を立った。
お会計は7皿で945円。
ちょうど予算の頃合いでもあったのかもしれない。

おじさんに怒鳴られているのは若い工員風の男性で目をパチクリさせている。
彼は箸置きの蓋を背もたれにしてスマホを置いて動画を見ていたのだった。

そりゃおじさんが怒るのも無理はない。
手垢にまみれたスマホを箸置きに入れるなど、衛生観念の欠如にもほどがある。

寿司もスマホも手で握られるが、寿司は食えてもスマホの手垢を口にするなどあり得ない。

おじさんの言うのが正しい。
旗色明白で工員は身の置き所を失い、そそくさ立ち上がってレジに向かった。

しかしそれで平穏が戻るわけでもなかった。
店は混み合い、落ち着かないようなせわしなさが増し続けている。

隣席の女子二人の注文は相変わらず細かく執拗で、さっきのおじさんはここを拭け、あそこが汚れていると思いつくたび店員に指図している。
ただでさえ忙しいのにこれでは店員らの負荷は増す一方である。

おそらく隣席女子は、若い頃にちょっとした店に連れられて、そのような寿司の食べ方を覚えたのだろう。
当時の粋なやりとりがしみついて、通ぶった振る舞いが晩年に向かい始めたいまもなお場違いな店でもやめられない。

一方、店員に対しても口やかましいおじさんは、管理職の成れの果てのようなものだろうか。
かつては部下を従え、彼らを一喝、震え上がらせていた。
定年に達したのか職を解かれたのか、現場を離れて幾年月、若い者を目にすれば上司であった習性がつい蘇り、何の指揮命令下にもないバイト君に強い口調で指示出すことになる。

そのように観察しつつビール3本を飲み終えた。
皿は11。
これで三千円で収まるのであるから安いものである。

自己主張や意思表示ができることは大事であるが、時と場合によりけりだ。
やはり誰にでも、場をわきまえた社会的感受性のようなものが必須であろう。

状況自体が持つ「気持ち」のようなものが察せられないのであれば、浮きに浮いて傍迷惑となる。
そして本人は全くそのトンチンカンに気付かないのでその場の居心地悪さは増殖するばかりとなる。

勘定を済ませ、店を出る。

今日は当たりが悪かった。
場末で混み合えば、不穏な猥雑さが押し寄せる。
これでは心安らげない。

下町気質であっても、静謐を好む自らの性質を忘れていた。
今後はほどよく寂れてガラ空きの店を選ばなければならない。

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