KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

自分より下の存在を人は欲する

三宮西口の待ち合わせ定番スポットと言えばマクドナルド。
阪急の改札を抜けると真ん前にある。

指定された時間より15分も早く到着してしまった。
仕事あがりの夕刻時、マクドを背にし待ち人待つ人らの数は次第次第増えていく。
そこに混ざってしばらく過ごす。

往来ではまるで絵に描いたかのようなチャラオトコが道行く女性の尻を追う。
「晴れましたね、どこへ行くんですか」と声をかけ、つきまとい、袖にされてはまた別の女性へと向かっていく。
セリフは同じ。
晴れましたね、どこへ行くんですか。

一体あんたこそどこに行こうとしているのか。
ブザマな様があまりに哀れで彼に問いたいような気になった。

待つこと、15分。
ようやく待ち人が現れた。
さあ、いきましょうとガード下へといざなわれる。

立ち込める煙が名物のオススメの焼肉屋があるという。
面白そうではないか。
期待に胸高まる。

ここなんですと、指さされた店の屋号は平和。
しかしシャッターが降りている。

一瞬間の沈黙。

仕方なくと近くにあった焼鳥屋に連れられた。
店の名はたか鳥。

向い合って座りビールで乾杯する。

仕事の打ち合わせが目的ではあるが、お相手は北朝鮮の事情通。
滅多にない機会であった。
ほんとのところはどうなのか、わたしの関心は仕事よりも北に向く。

仕事話の合間合間、質問を向ける。
指導者絶対の国のようだが実際はどうなのか。

涙流して褒め称え腹ではあんなものと糞味噌に言う。
阿諛追従と面従腹背。
殺されないため。
万古不易、民の心得ではないでしょうか。

なるほどと合点いく。

次に聞く。
恐怖が支配し、貧困に苦しむ。
地獄のような国ではないですか。

隅々まで行き渡るほど恐怖に神通力はなく、国中が飢えるほど貧しい時期もかつてあったがそれは一時期だけのことであって、いまの生活レベルはそれほど卑下するようなものではない。
誰もがスマホを持ち家では韓国ドラマを楽しみ最近ではクルマの渋滞に頭を悩ませ、いたるところにデブがいる。

耳を疑う。
日頃触れる情報と大違い。
にわかには信じられない。

相手は言った。
局所にズームするなら日本だって恐怖と貧困一色に描くことも可能でしょう。

誰かに対し憐憫覚えたい、そのような心的需要が日本人にあるということではないでしょうか。
その文脈であればまかりまちがっても、そこそこ豊かで平穏に暮らす人があることは取り上げられない。

2千万人もの人が生きている。
そのなかには貧しい人もいるけれど、豊かに暮らす人も少なくない。
日本人より豊かに暮らす人が結構いると知れば、ある種の日本人には耐え難く、許しがたいことかもしれません。

人には、自分より下に位置すると思える存在が必要なんですよ。
これも万古不易な人のさがと言えるでしょう。

事の本質を端的ついた話のように一瞬思えた。
とりあえず頷きつつ焼鳥を頬張りビールを喉に流し込む。

なるほどそういった側面も確かにあり得る。
なんだかますます腑に落ちる。

話半分に差し引くにしても全くの出鱈目だと決めつける根拠はこちら側には何もなく、実際に見聞あるのは相手側の方だった。
一面だけ見て飢餓だ極限だと決めつけ語った自分が単細胞に過ぎるように思えてきた。

誰か下に来る存在を人は必要としている。
なるほど確かにその通りだ。
自らの状況がかんばしくなければなおさら一層、「下」を欲することになる。

世の風潮をちょいと振り返るだけで思い当たることに事欠かない。
ネットを見れば、すべてに渡って、わたしが上であんたが下だと、日本中が大騒ぎしているようにも見える。

おお、なんと貧しいことなのだ。
恐怖と貧困、それはまさに我が国こそが直面している現在形のトピックと言えるではないか。
隣国憐れと高みの見物をしている場合ではないようだ。

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