KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

笑顔で躍るサンバでも習うのが先決だろう

午前中に降った雨が、分厚い雲ごしに熱せられ、ムシムシの蒸気となって地を覆った。
蒸し暑さが極まる。
誰かの口のなかに閉じ込められればきっとこんな感じだろう。

ときおりほんの一瞬、唇が開いて生暖かな風が吹き込む。
湿った風であっても少しはベトベト感がやわらいで、生への焦燥がかき立てられるかのよう、もっと風をと懇願するような気持ちになってくる。

日曜の昼間から商店街は結構な数の人通りだ。
連休だからといって誰もが遠出するというものでもないのだろう。

予定は13時であったが、念のため20分早く約束の場所を訪れた。

契約内容のなかわたしが詳述すべき箇所があった。
20分もあれば書類に再度目を通し、万一訂正あった場合でも手を加えることができる。

しかし、待てど暮らせど点検するための書類は上がってこず、契約の相手方も現れない。
顔合わせの日時に誤りがあったのではないだろうか、わたしは訝しみ始めた。

同席する不動産業者さんと雑談するしかない。

どこであれ不動産屋が街のこぼれ話の集積場となる。
目の前に座るおじさんは街のことなら何でもお見通しだ。

知った事業者の店舗がたまたま近くにあったので、どうですか流行ってますかと聞いてみた。
おじさんの苦笑い一つですべて察しがついた。
評判芳しくなく閑古鳥であるようだ。

その数は、増え続けるコンビニの数さえ上回り、至近距離で過当競争を強いられるというのが業界の実情だ。
地域からの信頼なくして立ち行くはずがない。

腕と学識のほどは知らないが、その人自体はいい人だったという印象があった。
信頼の基盤となる人柄については問題ない方のように見受けたが、しかし実際どうなのか、わたしは知る機会を得ることはなかった。
毎週毎週同じ場所で顔合わせたのに結局話さずじまいで終わったからである。

出合った当初から一貫して無視され続けた。

挨拶が基本のきの字の場所であり、誰もが会釈し言葉を交わしそこそこ打ち解け、共通の話題で盛り上がった。
だから存在自体がないかのように振る舞われることは果てしなく奇異なことと言えた。

いまやどうでもいいことであるが、推察すればおそらくはその人の奥様が、わたしたちのことを気に入らなかったのであろう。

その場所だけでなく、狭い地域であるから他でも顔合わす機会もあったがわたしたちは微動だにせず無視された。
堂に入ったと言えるほど、見事なまでの知らんぷり芸であった。

どちらかと言えばひょうきん者で名の通るフレンドリーなわたしたちであり、だから除け者扱いされることにまったく不慣れであったし不快でもあったが、局所的に無視されて何か実害があるわけでもなし、やがてはごく自然体でその知らんぷり芸を受け流せるようになった。

なぜわたしたちのことを気に入らなかったのか。
これまたいまさらどうでもいいことの繰り返しになるが、端的に言えば「何かが被った」ことが決定的であったのだろう。
向こうからすればそれが許せないほど気に障った。

人間関係の綾なす網目には様々なポジションがある。
うまく棲み分けバランスをとり人間関係を円滑に運ぶのが人の知恵であり、もしそのポジションが被っても、譲り合って協力し合って互い高め合うというのが健全な姿なのであろうが、なかには、呪いをかけて線を引くいう救いようのない対応でよしとする人もある。

このポジションはわたし、だからあんたは無用、だから無視。
いかにも虚しく寒々しい。

相手は死んでも認めないだろうが、そういったことだったのだろう。
奇妙なめぐり合わせで不意によみがえった昔を懐かしみ、不毛なパワーゲーマーであるその奥さんの険しく苛立ったお顔が浮かんで身が竦み、ご主人に同情のようなものを覚える。

と、ようやく書類があがった。
契約の時刻など一切気にも留めないような、作成担当の若手君の心拍数の低さには恐れ入る。

しかも代表者の名前が一文字違っているから大したものだ。
その誤りを見つけて女子事務員が鷹揚な関西弁で笑って言う。

社長の名前間違ったら、あんたー、クビなるでぇー。

この期に及んでこののどかさ。
アニキ、まだまだ大丈夫。
タイガースのお膝元は、無限の度量を持つ街だ。

そして、契約の相手方がようやく姿を現した。
遅れること30分。
しかし、見てすぐわたしはその30分を理解した。

ブラジルの方であった。
時間通りがむしろ野暮。
機械ではあるまいし、少し遅れるくらいがエチケットのお国柄。

そのブラジル人の子どもは野球少年であるようで、雨続きでグランド整備がたいへんなんだと楽しい愚痴が始まって、終始なごやかムードで話が進んだ。

そういえばこの界隈、浪速の南米と言っても通るかもしれない。
無頓着な陽気さが街の空気となって漂っている。

そんな地元に袖にされるのだとしたら、よほどのことだ。
笑顔で躍るサンバでも習うのが先決であろう。

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