KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

人間観が素直シンプルにリセットされる

太陽が雲間に隠れた頃合いを見計らい、土曜夕刻、川縁を走る。
ポッドキャストでニッポン放送のザ・ボイスを聴く。
コメンテーターのラインナップのなかモーリー・ロバートソンの名があって懐かしい。

当時大学生なら誰だってJ-WAVEを聴いていた。
夜更かしすればアクロス・ザ・ビューが始まって、誰もが天才モーリー・ロバートソンが早口で発し続ける豊穣過剰な言葉の世界に引き込まれていった。

耳にしたのはざっと20年ぶりとなるだろうか。
モーリー・ロバートソンの喋りは健在だった。

日本のメディアの報道姿勢に対する論評が鋭い。
曰く、視座に遠近感を欠き底浅く、非論理的な印象操作が目立って知的怠慢が目に余る。
なるほど、なるほどと目から鱗を落としつつアップテンポで小気味いいその言葉のリズムにのって快調に走った。

帰宅する。
家にはわたし一人。
家内は二男を伴い夏の行楽に出かけている。
家に張り付くような毎日だから、たまには遠出しての息抜きも必要だろう。

インド映画「あなたがいてこそ」を見ながら、家内作り置きの料理をあてにして晩酌を始める。

遠い昔の思い出がふとよぎる。
まもなく日曜洋画劇場という時刻。
淀川長治の前説と同時、テレビを前にし父は晩酌を始める。
雪印の六角チーズに海苔を巻いてつまみにし、サントリーオールドの水割りを傾ける。

そのような若き父のくつろいだ姿が目に浮かんだのは、わたしの手元にかつての装いそのままの六角チーズがあったからかもしれない。

同様にしてわたしも映画を楽しむ。

歌あり踊りあり、とても分かりよいストーリーでハラハラドキドキ、手に汗にぎり、そしてヒロインがとても可愛く美しく、ハッピーエンドに至る。

映画見る幸福を味わいつくせ、そしてかつ、人間観を素直シンプルにリセットできて清々しい。
元気いっぱい日々格闘し、人を愛して過ごせれば、それがなにより。
インド映画はやはりいい。

この日の学校帰り、長男は実家に寄ってくるということだった。
夜9時をまわって帰って来た。

祖父母との夕飯は祖父が話し込んで長時間に及んだ。
わたしが聞いたことのないような話題も盛りだくさんであったようだ。
眼鏡の修理工場でバイトした話など初耳だ。

人生黄昏どきに差し掛かってなお、知らぬことばかり。
もしわたしの父がブログなどをしたためていたら、ことあるごとに参照し、並ぶ愛読書などないほどに読み込んだことだろう。

先日は二男が一人訪れ祖父の話に小一時間耳を傾けた。
ようやく長男も二男も男子としての父性レセプターが確固となる年頃になったのだろう。
ひとかけらでも多く、唯一無二である人生の大先輩から直に何かを学んでもらいたい。

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