KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

下町路地裏の教訓

ふとミヤゲのことを思い出した。
漢字で書くと宮下。
しかし誰も彼のことをミヤシタという名で呼ぶことはなかった。

末尾が濁って、よりにもよって「ケ」に点々で「ゲ」。
その粗野な響きが彼の有り様を端的に物語る。
今思えば、濁音で挟んで「ザ・ミヤゲ」とすればもっと雰囲気が出たであろう。

大阪下町の路地、ミヤゲはチャリにまたがって徘徊していた。
ミヤゲは当時中学生。
札付きの不良であった。

小学生からすれば強面にもほどがあるといった存在。
サメが獲物探して回遊しているようなものである。

どうかミヤゲに出くわしませんように。
われら小学生は祈る思いで過ごしていたものであった。

それでも運悪く被害に合う者が絶えなかった。
蹴られた、殴られたは日常茶飯事。
なかにはなけなしの小遣いである数百円を巻き上げられる者まであった。

わたしも二度ほど遭遇した。

一度は履いている半ズボンを嘲笑された。
後ろから大笑いしながら近づいてきて、わたしを指差しながら半ズボン、半ズボンと連呼し、自転車で走り去っていった。

小学校も3年4年となれば長ズボン履くのが定番であった当時、依然として半ズボン履く自分自身に気後れようなものを常日頃感じていたので、なおさら深くわたしは傷ついた。

二度目は、銭湯から帰る夜道。
突如、ミヤゲが姿を現し金を出せと凄んできた。
ない、と言うとあっさり諦めミヤゲは去って行ったが、夜陰に浮かんだ極悪の顔がいまも記憶に鮮明だ。

そのように地域の善良なチビっ子を恐怖で席捲していたミヤゲであったが、不思議なことに憎悪とは正反対、ミヤゲはある種、崇拝の対象でもあった。

おそらく大阪で一番強いのはミヤゲに違いない。
実はミヤゲは優しい、ファンタをおごってくれた。
野球がめちゃくちゃうまくて、打球は弾丸だ。

チビっ子なりに、何らかの精神的均衡を保つ必要があったのだろうと思う。

憎悪し歯向かったところで、かないっこない。
取り扱いようのない感情を内在させ続けることは小学生にできる芸当ではない。

であれば、ちょいと感情を捏造するほうが容易い、ということになる。
崇拝は憎悪の一つ隣にある感情なのだろう。

何十年も昔の話であって記憶の底に眠っていたミヤゲであるが、まるで込み入ったミステリーの真相が解き明かされたみたいに、ふと気付いたのだった。
姿かたちを変え、ミヤゲはわたしたちのすぐそばにいる。

被虐を恐れていればよかったかつては単純だった。
いまは一歩間違えれば加虐の立場にもなり得るから事態は複雑だ。

ミヤゲに恫喝され、因縁つけられ、嘲笑され、連打され、それで感情を失ってしまえば、怒りに自身のハンドルをジャックされてしまいかねない。

そこにミヤゲがいるのだとまずは知り、とにかく虎の尾を踏むことにならぬよう最大限の注意を払ことが自己防衛につながるのだろう。
あるいは、いっそ無条件に降伏しかつてのチビっ子らがしたように崇拝してしまうことが手っ取り早い方策なのかもしれない。

今日は分かる人にしか分からない話となってしまった。

f:id:KORANIKATARUTOKIDOKI:20160924100157j:plain

Arthur Rothstein, 砂嵐, 1936