KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

SNSがアタマの中身を可視化する

土曜日に仕事が入ることも珍しくない。
正午過ぎになって、事務所を出発した。
堂島から乗って阪神高速を南へ向かう。
雲ひとつない秋晴天の行楽日和が朝から引き続いている。

 

時間に余裕を残して目的地周辺にたどりついた。
時間調整のため近くの図書館にクルマを寄せる。
しばし時計をにらんで過ごす。

 

大和川の土手を降り、おっかなびっくり細い砂利道を進む。
訪問先の会社は現在、開業準備中。
事務所の設営自体もこれからというところだ。
土間に置かれたパイプ椅子に腰掛けての打ち合わせとなった。

 

いつだって誰とだって意気投合。
記念すべき初顔合わせとなった。
今後末永く顔を合わせ続けることになるだろう。

 

数時間に及んだ面談を終え帰途につく。
川沿いの道を目指し、うらさびれた市街化調整区域の一帯を抜ける。
まもなく大和川。
空の青から川面に向かって爽やかな風が吹き込んで、ちらほら野鳥の姿も見える。
無味な工場地帯にあって一服の清涼剤。
このところは水質含め大和川下流域の環境改善が大いに進んでいるのだろう。

 

大堀から乗って松原線を北上し、思い立って実家近くで高速を降りた。
昔馴染みの風呂にでも入ろうと思ったのだった。

 

下町の路地に入る。
ご老人の漕ぐ自転車が前を行くが、おじいさんは後方からクルマが忍び寄っていることに全く気づかない様子だ。
道のど真ん中を、ときおり右に揺れ左に揺れしながら、まるで綱渡りのように進んでいる。

 

途中、四つ辻に信号があって赤なのにおじいさんは迷いなくそのままのペースで突っ切っていった。

 

わたしは真後ろにつけたまま徐行を続けた。
クラクション鳴らせばぶったまげてひっくり返るのが目に見えている。
結局のべ100mほど自転車につき従い、左右に揺れるその背を見送ってわたしは右折した。

 

お風呂は土曜日なのに休みであった。
夕刻の風に心地よく揺れてあるはずの和柄の湯暖簾はそこになく、いつもはひしめくように並ぶ自転車が一台もなく、だからもちろん出入りする下町のおやっさんおかみさん連中の姿もなかった。

 

休業を知らせる貼り紙はなく、ただただひっそりと静まり返っている。

 

もう廃業となったのだろうか。
物心ついた頃から通った銭湯である。
番台に座っていた先代夫婦の在りし日の姿が頭をよぎり、時代の節目に寂寥を覚える。

 

せっかくここまで来たのだからとクルマを停めて実家に寄った。
ちょうど夕飯どき。
たまたま弟の姿もあった。

 

テーブルに向かい合って夕飯をともにする。
昔の日常が再現されたかのよう。
母親の手料理を分け合って食べる。
ぶらり上がり込んで当たり前のようにそこに混ざる。
つまりは家族。

 

テレビでは大阪万博について特集が組まれ放送されていた。
いまから46年前。
わたしたちの歴史の尺にぴったり符合する。
いまも昔も家族であることに変わりなく、時間が空いても何ら違和感なくそこに戻って着地できる。

 

家族のありがたみをひしと痛感しつつ、腹も膨れて実家を後にした。

 

食事の後は風呂である。
高速を飛ばし甲子園球場近くの浜田温泉へと向かった。
ここは湯がよく疲れが癒えて肌のすべすべに磨きがかかる。

 

心ゆくまでくつろいで湯からあがって、脱衣所に知った顔があることに気づいた。
10年以上顔を合わせていないが、即座に分かった。
しかし向こうはわたしを避けている。
目を合わせようとしない様子から、その意を汲んでわたしも知らぬふりをした。

 

その大先輩は一段とやせ細り髪は真白になっていた。
時間には無慈悲な一面がある。
胸締め付けられた。

 

風呂屋を出て家へと向かう。
窓を全開にし風がなだれ込むままにまかせる。

 

その風の渦中に身を晒して一瞬後、突拍子もなく母への感謝の念が抑えようもなく込み上がってきた。
母が経てきた労苦のリアルが身に沁みるようであって心プルプルと震えた。

 

突き詰めればどの局面であれ、生活というものは遊び半分では成り立たない。
母であるだけではなく妻であり洋服の仕立て直しをする職業者でもあって今もそう、そして、嫁としては義父母の晩年を支える役目も全うした。

 

生きることは生半可なことではなく、ママゴトもどきの遊びとは全く異なる。

 

同じ女性であっても、内に宿る人間力は千差万別。
わたしは二人の息子に、母が果たした役割について語る義務があり、母の話を通じてその人間力についても伝える責務がある。

 

いずれ二人はそれぞれが出会った伴侶と手を携えて生きることになる。
そのとき、生きることはママゴトではないのだという視点は不可欠となるだろう。

 

不測の事態に襲われたり思いがけぬ不遇に見舞われたりしたときであっても、持ちこたえ前を向く精神があれば互い手を取り合って踏ん張れるが、そうでなければなし崩しとなりかねない。

 

楽しいことは確かに喜ばしいことに違いないが、出だし序盤の楽しいときばかりが生活ではなく、楽あれば苦あり、お花畑の後には山あり谷ありであって、時が経てばやがては老い、病を患い、死を前にすることになる。
つまりいいときばかりではなく、伴侶とは必ず試練をともにする間柄になる。

 

何が一番大切か、そのような時間スパンで捉えれば容易に分かるようなものだろう。

 

いまは幸いSNSなどで相手の頭のなかが可視化されている時代とも言える。
どんな価値観を持ちどんな人生観を有しているのかが窺えて、内蔵された知性や感性、性格についても推し量ることができる。

 

なかにはおもちゃ箱レベルのオツムの人もあり、なかには自我の肥大が極まった妄執の人もあり、なかには虚言虚飾で塗り固めたおとぎの国の住人もあるだろう。
場合によっては会って話すよりもSNSを通じた方が如実にその本質に肉薄できるということもあるかもしれない。

 

もちろん注意したとて最高最良の選択に恵まれるとは限らない。
しかし、間違うよりは遙かにましだ。
大事なことは、間違わぬことと言えるだろう。

 

ひとり熱弁奮うみたいに運転し、まもなく家に到着した。
が、二人の息子は留守であった。
長男は灘浜、二男は西北。
湯上がりの熱は一気に冷めた。

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