KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

世はしょっぱい塩水からできている

全部ウソ、まるっきりのウソまみれ。
頭の天辺から足の爪先まで彼が話したことは、まるごとひっくるめてウソだった。

もしわたしが彼に対して気を許し話を真に受け力を貸していたら、ちょっと困ったでは済まないような一大事となっていたかもしれない。
そう思うと怖気が走る。

彼は山ほどのウソを吐き出して、突如失踪し行方をくらませた。
おかげでわたしは僅かばかりも関与することなく難を逃れた。

後になって関係者から彼の話が端から端まで全部ウソだと聞いてわたしは言葉を失った。
全部ウソさ、そんなもんさ。
爆風スランプのシャウトだけが脳裡に何度も響き渡った。

ウソが極小、わたしはまるで真水で焚いたぬるま湯みたいな世界に属してきた。
だから、ウソに免疫なくウソに対するセンサーが若干軟弱なのは否めない。

そこのけそこのけ小ウソが通る。
ウソを察知する動体視力が弱いため、ウソがそのままわたしの前で大手振って歩くことになる。

肝に銘じなければならない。
世はしょっぱい塩水からできている。
見渡せばウソだらけ。

自分にウソは通じないと高を括った善良な男子に限って、性悪女にコロリほだされ騙され食い尽くされる。
海千山千のお相手からすれば、そんなもの、赤子の手を捻るより容易い。

気心知れた友だち以外の話には、眉に唾する。
わたしたちには、それくらいの脇の固さが必要なのだろう。

今回もし万が一ウソに気づかぬままその片棒を担ぎ、めぐり合わせ悪く弁明も虚しく当事者の一員として咎を受ける立場に陥ってしまえばどうなったであろう。
渦中で四苦八苦、頭が炎熱帯びるほどに狼狽えて苦慮強いられたに違いない。

最悪のケースをなぞりながら全てを失っていく光景が走馬灯のように駆け巡り、身が竦んで血の気が失せる。
二字の熟語で表わせば、まさに絶望。
それ以外に言いようがない。

と、そこまで考えたところで、自らの内側から異を唱える声があがる。
そんな程度で果たして絶望などと言えるのだろうか。

社会的な立場において窮地だというだけの話に過ぎず、日はまた昇り、心臓は威勢よく脈打ち続けている。
あれこれ失うにしても、ご飯は美味しく、風呂に入ればほっと安堵の息が漏れる。

五体健在である限り、絶望など、虚妄に過ぎない。
要は心の持ちよう。
大事な核の部分にしっかり着目すれば、それ以外はすべて取るに足りない瑣末事でしかないということが明々白々となる。

未知の局面がもたらす不確定要素に怖気が走るだけのことであり、考えようによっては自身の境遇の断捨離となって、もっけの幸い、またとないシフトチェンジのチャンス到来と捉えることもできるかもしれない。

状況を活かすも殺すも自分次第。
人知を超えた波風に右に左にされようが、どうあったって、そこからまた再び始めればいいだけのことなのだ。

とんでもないウソつき野郎の姿が目に浮かぶ。
彼もまた、どうあろうがどこかでしぶとく生き延びていくのだろう。

いい勉強をさせてもらった。

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Henri Cartier-Bresson "Baie de Somme" (FRANCE, 1970)