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KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

中学入試本番の日のことを突如思い出した

視界霞んで頭に靄がかかる。
疲労がピークに達しているようだ。

昼に空き時間があった。
マッサージに充てるのが最適であろう。

野田阪神りらくに電話する。
通い始めて何年も経つが、施術者には選りすぐりの精鋭が揃う。

この日は手練の一人、シャロットに90分カラダを任せた。

思った以上にあちこちガチガチに凝り固まっていた。
首肩腰だけではない。
臀部や腿の裏それに内股。

疲れの魔の手にカラダ全土が侵食されていた。

ひと押しふた押し揉みほぐされて、邪智暴虐の疲労が蹴散らされていく。
木っ端微塵となった疲労の残骸は吐息となって体外へとこぼれ出る。

施術のビフォーアフターで天と地ほどの差。
白黒にくすんで見えた世界が彩りを取り戻した。
雲間を縫って太陽の光が地上にこぼれ落ち、それを愛でるかのように小鳥たちがさえずる。
呼吸が楽になって、ただの空気ですら美味しく感じられる。

カラダが楽であること。
これこそ幸せの第一条件といえるだろう。

足取り軽く次の訪問先へと移動する。
この日は、ついたち。

通りかかった場所に神社が見えた。
手を合わせようと鳥居をくぐって本殿へと足を進める。

参道脇に立つ枯れ木のシルエットが鉛色の空に溶け込んで、冬の記憶がひと連なりになって頭を巡り始めた。
当時のシーンが鮮明に蘇った。

中学入試差し迫る冬枯れの時期。
ことあるごとに神社で手を合わせた。
長男のときもそう、二男のときもそうだった。

親としてできることはそれくらいしかなかった。
神社が見えればそこで一呼吸。
手を合わせ、本番に向け奮闘する子らを思ってその本願成就を祈願した。

切迫したような気持ちであった。
まさに祈るというのはあのような心境をこそ言うのであろう。

そしてとうとう本番の日がやってきた。
いつか来るという観念上の日であった入試本番が現実に訪れたのだった。

当然、試験本番の日は地元神社に寄ってから会場に向かった。
いよいよ真剣勝負、これまでの成果を遺憾なく発揮する時の時。
キリリ気合いの入った長男の横顔が浮かんで、二男の横顔が浮かぶ。

いまや懐かしい思い出ではあるが、あまりに痛切な雰囲気であったからだろう、いまでもあの時の緊迫感がリアルに蘇る。

温情とは無縁の世界。
無慈悲な壁に一刀両断されるかのような選別に身の毛もよだつ。
向こうとこちらを僅差が分けて、しかしその結果の隔たりは甚大だ。

だからとどのつまりは精神戦。
最後の最後までしぶとく食い下がれたどうか。
それだけが、成否を分けるといって過言ではないだろう。

あきらめればその瞬間にさようなら、世の理を生身で学ぶ実地の戦いとも言えるかもしれない。

なんとか幸い切り抜けた。
しかし親としてその大奮闘を見届けほっとしたのも束の間のこと。
中学受験に比べれば小ぶりではあっても次なる奮闘がまたすぐに訪れる。

艱難汝を玉にする。
向こうへ向こうへとくぐり抜けていく男子の背は見ていて飽きぬが、同時にヒヤヒヤ肝を冷やすことの連続でもある。

この先当分、神社詣の終わる日は来ないだろう。

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La City, Sergio Larrain