KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

威勢よく外股で歩こう

一週間に渡った期末テストもあと一日を残すのみ。
最後の夜はリビングで兄弟向き合って勉強に勤しんでいる。

ときおり兄が弟を笑わせる。
その光景が微笑ましい。

取り組む勉強の負荷について互いが理解し合っている。
それが双方の励みになる。
このプラス効果は計り知れない。

兄が前を行き、弟が続く。
伴走者が身近にあれば、足取りは確固としたものになる。

結局、彼らは夜通し向き合って勉強し、各々早朝の電車に乗って学校に向かっていった。
これにて不夜城閉幕。

そして土曜午前で試験全日程が終わって、晴れてハレルヤ。
部活も解禁になる。

徹夜明けでもカラダは動く。
そう知ることも無駄なことではないだろう。

気がかりなのは、長男。
試験終わっての午後いきなり試合に臨む。

試験中も走る程度の調整はしてきたが、いかんせん種目がラグビー。
徹夜明けでもタックルできるさ、そう気楽には構えられない。
調整不足の体たらく、くらいでなんとかしのげれば今日はよしとしなければならない。

ところでこの日金曜、長男の学校の保護者会伝いで話を聞いた。

話のテーマはこのほど新設された大和大学について。
西の早慶を目指すという。

関西には京大があり阪大があり神大があるが、惜しくも現役でそこに届かなかった場合、受け皿として見合う私大がない。
関西伝統の私大はあって名は通るが、いまや学力水準が高いのは大学入試をくぐり抜けた一握りに限られる。

内部進学者のあっと驚く低水準に絶句し落胆したといった声を多く耳にするようになって、学校創始者のなか問題意識が芽生えていった。

それら私大は、京大や阪大などに伍する域に達しようと思うことはないのだろうか。
京大や阪大ではなく、むしろその私大をこそ選ぶという存在になろうとはしないのだろうか。

どう考えても、そのように取り組む素振りは見えない。
置かれた定位置をよしとしているとしか思えない。

だから、自ら率先して大学をつくることにした。
目指すは西の早慶。

志が高くなければ、やる意味がない。
西日本ではじめて政経学部を設置し、近々理工学部も開設の運びだ。
実学を重視したその内容の充実は早慶にひけをとらないものとなる。

西の早慶、そう言っただけで冷笑する者もあるだろう。

しかし、本気で取り組む決意は揺らがない。
気力振り絞って成し遂げていく。

縮み志向が蔓延し先細っていくかに見える日本である。
誰かが先頭に立って、気宇壮大な心意気持つ若者を育てバックアップしていかねばならない。
もしかしたら、テクニカルなイノベーションといったことよりも何よりも、そちらの方が肝心な話だろう。

そんな話を聞き、大志、という言葉にわたしも熱いものを感じた。

創始者は実践実現の人物であり中学高校で目を見張るような実績を上げてきた。
だから、大学においても、確かな足跡を残すことは間違いないことのように思える。

見渡せば、シニカルな冷笑で自らの首を締め気力萎えつつある日本の次世代であるように見える。
しかし、冷笑する者が事を成した試しはなく、真っ直ぐな意欲で事に当たった者だけがその先の道を切り拓いていく。

うちの子らもまもなく大学生となる。
ひねくれた斜め目線の内股男子など真っ平ゴメン。
堂々と外股で意気軒昂、意欲旺盛に人生を謳歌してもらいたい。
父としてそう願う。

そして、自分自身も。
まだわたしは四十代。
少し内股気味になっていたのではと気付かされた。

七十過ぎた人生大先輩の大志にあやかり、わたしも少しは外股男子であれるよう心懸けたい、そう思った。

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Yale Joel, Children playing, 1953