KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

秀でた「突出」が誰のなかにも宿っている

日曜夜、家族で鍋を囲み、後は自由行動。
ザ・マンザイを観るチームとサッカーを観るチームに分かれ、わたしは一人映画を見始めた。

「MAN ON WIRE」。
BBC制作のドキュメンタリー映画だ。

1974年8月7日早朝、ニューヨーク市民は度肝を抜かれた。
世界貿易センタービル二棟のてっぺんに張り渡されたワイヤーの上を一人の男が行ったり来たりしている。
ときにひざまづき、ときに寝そべって、地上411mの高さを遊歩している。

フランスが生んだ伝説の大道芸人フィリップ・プティの念願が叶った瞬間でもあった。

高いところがあれば登らずにはいられない。
物心ついたときからそうであり、親も教師も止めることができなかった。

だから、世界貿易センタービル建設の新聞記事を目にした若き日に、フィリップ・プティの達成すべき目標が定まった。
以来、まったく揺らぐことはなかった。

生易しい道のりではなかった。
フランスとアメリカを何度も往復し計画を練り上げた。

建設中のビルのなか警備をかい潜って入り込みワイヤーを設営するだけでも至難。
数々の偶然と賛同者の助力がなければ実現できることではなかった。

フィリップ・プティ本人を除いて誰もが何度もあきらめかけた。
だから数十年経てその困難を振り返り、関わった仲間たちが思わず涙するのも頷けた。

困難は世界貿易センタービルをワイヤーでつなぐ際にも生じたし、実際に綱渡りする直前までつきまとった。

フィリップ・プティは死を覚悟した。
こんな死に方であれば最高ではないか。
死んでも本望だと彼は思った。

寸分の狂い、一瞬のミスで命を落とす。
その極度の集中が得難い喜びになる。
だからこそ、彼は綱渡りに魅入られた。

そんな彼にとって、竣工間近の世界最高峰のビルは文字通り無上の舞台と言えた。

世界貿易センタービルでの45分の綱渡りを終え、彼は警察に捕らえられた。
地上で報道陣に取り囲まれる。
なぜ、そんなことをしたんだ。

そう問われ彼はきっぱりと答える。
理由なんてない。

胸のすくような答えである。
実際、その言葉通り、理由なんてないのだ。
高いところがあれば登ってしまう、小さい頃からずっとそうだった。

彼には彼固有の、綱渡りの名人へと発芽する種子のようなものが生まれたときから配されていたのだろう。

フィリップ・プティとは正反対、同じフランス人のジャック・マイヨールなどは海の底へと向かう素潜り名人。

種目を変えれば主役も変わる。

きっと誰だってそうに違いない。
秀でた「突出」が誰のなかにも宿っている。

走って凄いヤツもいれば歌って凄いヤツもいる。
楽器で抜きん出て、喋りでずば抜けて、人望で並ぶものがない、など人間世界は様々な「突出」に満ちている。

自らの内奥を覗き込めば発芽しかけの種子を感じることができるかもしれない。
キーワードは、理由なんてない。
理由もなくそうしてしまう何かが自分固有の種子なのだろう。

フィリップ・プティのこの一世一代の綱渡りを題材にしたThe Walkという映画もあったが、こちらのドキュメンタリーの方がずっとよかった。

マイケル・ナイマンの名曲メドレーといった趣きもあって格調高く、なにより、素朴ではあってもCGではない実際の画像映像が肉声みたいな迫力で彼の偉業の困難と不可能性を際立たせている。

日曜夜、凄いヤツに触れ、わたしだって一丁やってやろうと元気づけられた。

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