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KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

女性を幸福にするのは息子をおいて他にない

開始時刻は13:00。
20分前には大阪駅に到着した。
日頃から時間に余裕持って動くのが信条である。

グランヴィアホテルは改札を出てすぐの場所にある。
入口の前に大丸のエレベータ乗り場があってごった返している。

人波を縫ってグランヴィアのロビーに入って間一髪、出発間際のエレベータに乗り込むことができた。

会場は12階。
案内状などは失くす場合もあるため、頂戴したと同時にiPhoneカレンダーに転記することを習慣にしている。

だから間違いようがないのだが、飛び乗ったエレベータの階数表示に12がない。
乗ったが最後、19階まで連れて行かれることになる。

ああ、なるほど。
高層ビルによくある分別運搬なのだろう。

一から出直し。
下まで降りて、12階に停まるエレベータを見渡し探す。
が、見つからない。
目を皿のようにしそこらを徘徊し念入り探すがやはりない。

フロントのお姉さんに聞いてみる。
12階に停まるエレベータはどこにありますか。
12階は大丸です、とお姉さんは笑顔で言ったが、もちろんわたしは笑えない。

ハザマ薬局創業40周年記念講演会が大丸の12階で為されるはずがない。
クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」を監修した玉田先生が買い物客で賑わう大丸で90分も話をする訳がない。

その場で主催担当者に電話し、わたしは自身の非を思い知らされることになった。

グランはグランでも、グランヴィアではなくてグランキューブがその日の会場であった。
名字は同じだが大外れ。
日本名で例えれば山田ヴィアと山田キューブくらいに全く別人の見当外れであった。

慌てて往来に飛び出しタクシーを探す。
梅田埋め尽くす車両の半分近くはタクシーなのにこんなときに限って見当たらない。

やむを得ない。
遠回りになるが桜橋口のタクシー乗り場まで歩くしかない。

前日とはうって変わって急激に冷え込む大阪である。
屋外に出るなど想定しておらず薄着に過ぎた。
寒さこらえて早足歩きタクシーに飛び乗った時間が12:50。

行き先を告げたとき運転手は少し気落ちしたように見えたが、その気持ちに配慮している余裕はない。
大急ぎでね、とだけ告げ時計を睨み続ける。

早めに行動していたことが幸いした。
13:00ジャスト到着、ちょうど千円也。

タクシーを降り見上げると会場は大阪国際会議場であった。
いつからここをグランキューブと呼ぶようになったのだろう。
ニックネームのようなものなのだろうか。

なんとかギリギリ間に合って、玉田先生の講演を出だしから拝聴することができた。
ユーモアに満ち楽しく、とても分かりやすくてタメになった。
まさに期待通り、あっという間の90分であった。

合理的な経営判断を積み重ね続ける強者が、辺境から立ち現れたイノベーションに凌駕され優位を失う。
誰かが判断を誤った訳でも手痛い失策を犯した訳でもない。
盛者必衰の理が、抗いようのない自然現象のごとくビジネスの世界に内在しているのだ。
クリステンセンが発見した戦慄のメカニズムがドンピシャの図解もあってビジュアルで理解できた。

引き続いては国立がんセンターの中井先生の講演。
これほど型破りな講演はついぞ目にしたことがない。
随所で笑えて親近感湧き、中井先生の家族について詳しくなった。

記念講演が終わってパーティーが始めるまでの休憩時間、33期の羽根くんとばったり出くわした。
まるで旅先で偶然出合ったかのように互い驚きつつ休憩ルームに用意されたビールを飲み始めた。
まもなくタコちゃんも現れて、やあやあ、まあまあとビールのピッチが早まった。

星光33期のこの三人で肩寄せあってハザマ薬局創業40周年パーティーを見届けることになった。
出席者の温かな思いに満ちて印象深い場面も盛り沢山、心の芯に沁みるような実に素晴らしいパーティーであった。

一口に40周年と言っても途方もなく長い年月である。
要約してみれば順風満帆に見えるその軌跡も、微細に見れば山あり谷あり多事多難の道のりであったに違いない。

創業者はまさにその道程を踏破してきたのであって、その労苦は部外者の安易な想像を寄せ付けるようなものではないだろう。

創業者にとって万感胸に迫る晴れ舞台であったはずで、錚々たる出席者二百名全ての方にそれがありありと伝わった。
心のこもったスピーチや鳴り止まぬ拍手の端々からそう見て取れた。

そして、その場にすっくと立って創業者を優しく見守る後継者の姿があった。
いまや押しも押されもせぬ、薬剤師業界の旗手とも言える存在であり、創業者にとってはピカピカに優秀な息子さんでもある。

また会場には、これまたピカピカに優秀なもう一人の息子さんのお顔も見えた。
息子さんお二人を阪大医学部に入れ、極めて有能な医師として世に送り出したその子育ても並大抵のことではない。

ハザマ薬局を育て上げた歴史とそのお二人を育て上げた歴史がぴたりと重なって見え、創業者が有した桁外れの底力のようなものにわたしはただただ敬服の念を覚えるばかりであった。

だから、創業者がこの日見せた女性らしく可愛いらしい満面の笑顔にわたしは何度も何度も拍手した。
いつまでも心に残る、ほんとうに素晴らしいお祝いの場であった。

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1954, Artur Pastor,  Série Crianças. Nazaré, década de 50.