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KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

飯食う家族の小さな幸せ

のんびりくつろげた正月休みは風と共に去り、付録のような三連休もまもなく終わりを告げようとしている。
荒波の遠く向こう、微かのぞき見えるGW地点まで日本中が力泳を再開することになる。

昨晩、家内と二人で焼肉を食べつつ、過ぎ去った一年を振り返って気付いたことがあった。

深く記憶に残る場面はどれもこれもが食と不可分。
頭に浮かんでくるすべてがわいわいと食べるシーンなのだった。

思えば家族で散々食べてきた。
いつだって例外なく、正月もそうであるし先だって旅したソウルでも一貫して食べっぱなしであった。

滞在最終日の朝の食事は屈指の思い出となった。

早朝まだ暗いうちから家族皆で起き出し激寒のミョンドンの街路を身を寄せ合って歩いた。
早い時間帯に食べないと昼にお腹の余白が生まれない。
あれも食べたい、これも食べたい。
それを叶えるためには早起きだって厭わない。

朝食として目指すはソルロンタン。
5年前長男が絶賛し皆も賛同し追慕の念が募っていた。
満を持しての再訪であった。

家族で卓を囲んで昔日を回顧しつつ味わった。
相変わらずの美味であり、これがまた次なる追慕の種となることも間違いなかった。

子らは子らでいつか友人らと連れ立って再訪するのかもしれず、そうなれば、家族で食べたことについて話題に上がるということもあるだろう。
彼の国においてはありふれたメニューに過ぎないだろうが、我々にとっては胸に刻まれるような貴重な食事のひとときとなった。

先日5日の朝日新聞に強く印象に残る言葉があった。
繁栄とは、と問われ思想家の東浩紀さんが次のように答える。

「子どもを産んで育てられることです。
今後の世界で何がポジティブな目標になるか。
思いついたのは、次世代が生み出されることくらいでした。
次の世代に未来が手渡されること。
つまり繁栄です」。

なんと分かりやすく明瞭な言葉だろう。
雑念から解き放ってくれるような清々しさがある。

吹けば飛ぶようなちっぽけ極まりない我が家の暮らしではあるが、社会の繁栄にささやかであれ寄与しているように感じられなんだか少々晴れがましく思えた。

我が家なり一生懸命子を育ててきた。
その足跡は食事の場面に凝縮されている。
一緒に食事することが子育てであり、これが我が家の生活の基本であり実質であった。

子らの成長の場面場面を通じ、いつも一緒にいられたことはたいへんに恵まれたことであった。
飯を食った回数分、わたしも少しばかりは子育てに参加できたと言え、おまけに自身も幸せを堪能できた。

そしてこの先もずっとそう。
飯食う家族は卓を囲んでいついつまでも旺盛に食べ続ける。

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Photo: Bogdan Petrova