KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

では、お先

春なのに、なんだか不思議と忙しい。
仕事に埋没し気づけば日暮れ、そんな毎日が続いている。

忙しいのには慣れている。
やるべき業務が次から次へと湧いて出て、一息つける岸辺は遠ざかっていくばかりだが、淡々粛々、ポーカーフェイスで一つ一つ片付けていく。

一定ペースで進み続ければ、ランナーズハイとでもいった状態が訪れる。
行く手遮るものは何もなく、このままずっといつまでも走り続けられる。
そんな感覚になる。

仕事が全く苦にならず、どちらかと言えば心地良い。
何か特殊な脳内物質が、マグマのようにねっとり静か噴出し、疲労が快に上書きされているのだろう。

だからといって、燃えたぎるような活性が生じているという訳ではない。
半眠りの寝ぼけ眼であっても、慣性の法則に従ってひとりでに進んでいく、そんな感じだ。

このように我が身を傍から見るにみたいに観察し、ふと思う。
こんなことでいいのだろうか。

毎日が平穏で、仕事も順調、おまけに負荷さえ心地いい。
ありがたいことではあるが、できすぎた話だ。

日記を書いていると自らをとりまく波高の変化に敏感になる。
さざ波すら起こらないこの静けさが、勘ぐれば不穏なものに思えてくる。

そしてここに至ってようやく気づく。
ああ、わたしは少し疲れているのだ。
感覚が鈍麻して、視界狭まり色彩も失われている。

単に疲れているという事実にたどり着くのに、日記常習者はここまで持って回った言葉を弄さねばならない。
疲労はなんて不気味なのだろう。

今夜はマッサージでも受け心身いたわる時を過ごすことにする。
では、お先。
よい週末を。

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Ezra Stoller,  John Hancock Center, Chicago 1967.