KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

小舟の船長の目先の喜び

やれやれ今日で一段落。
まるで旅行にでも出かける日のように、早くに目が覚めた。

このところは、気重な寝起きが続いていた。

まるで磁石のNとN。
起き抜けのカラダは顔も見たくないような現実にまずは押し返され、寝床で気持ち整えようやく這い出せる、そんな体たらくであった。

ところが今日は、NとS。
大歓迎の一日だ。

なにしろ一段落。
夕刻前にはほっと安堵の息ついて、放心して過ごす週末を迎えることができる。

もちろん、弛緩できるのはほんのいっときのことであり、週が明ければ、昼夜の別なく予定が入って土日もへったくれもない。
が、そうであっても、目先の喜びのなんとまばゆいことだろう。

数日経てば、仕事の嵐が再び吹き荒れ忘我の境地を余儀なくされる。
しかし、しばらく進めば、今度はGWという太い幹の止まり木が眼前に迫る。

そこでまた、我に返ってのんびりできる。

その繰り返し、繰り返し。
お盆を過ぎれば、転がり落ちるみたいにあっという間に師走になって、今度は正月休みを待ち侘びることになる。

自営業であるからこそ長く続けてこられたのだと思う。
負荷の強度を加減でき、進むも退くも、右も左も、すべて自分で決められる。

誰かにお尻蹴飛ばされてということであれば、仕事以前に疲弊して戦意保つなど土台無理な話であったに違いない。
自由につきまとうリスクは数え切れず決して楽な道のりではないけれど、適不適という次元で見たときの答えを骨身に沁みて知っているので、生まれ変わってもまたわたしは小舟の船長を目指すのだろうと思う。

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Cole ThompsonMoai at Rano Raraku No 4 (obscure image 20 of 31)