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KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

天六のいんちょによって一つの死を免れた

経鼻にて胃カメラを飲んで早一週間が経過した。
検査結果の詳細を直に聞くため今日の午後、天六の福効医院を訪れた。

いつだって同じ。
この日もスタッフ皆の優しい笑顔で迎えられ、一歩なかに入ってすぐ気持ちがほぐれた。
誰だってそうなるだろう。

彼女らの柔らかな笑顔に接するだけで大半の病は癒えてしまうのではないだろうか。

タイミングよく順番が巡ってきて待つこと僅かで診察室に招き入れられた。
院長の前に腰掛ける。

触れておかねばならないが、この椅子の座り心地は抜群である。
椅子は精神状態に直接作用する。

座り心地が満点だから、どっしり腰を据えて心おだやか、院長の話にじっくり耳を傾けることができる。

自身の胃の画像を見ながら説明を受ける。
数値データについてもその読み方を教えてもらう。

表面的な数字の奥に着目すべき連関や解釈の指標がある。
そう明瞭に理解できた。

さすがかつて浜学園で一、二を競ったカリスマ講師。
院長のなすがまま、わたしは自身の状態についてより深く理解を促されることになった。

やはりわたしも中年の一員。
寄る年波、胃壁にいくつかの荒漠が見られた。

しかし院長によれば、その度合は軽微なものでありそれほど心配はいらないということだった。
問題は胃壁の現状ではなく、そこに棲息するピロリ菌の方だった。

ピロリ菌。

愛くるしいような名が特徴的でわたしもその名は知っていた。
可愛い名のくせして、実は胃がんを筆頭に胃にまつわる数々の病気を引き起こす首謀者であるということも耳にしたことがあった。

しかしそれがわたしたち世代以上に限ってみれば日本人の過半が保有するほどポピュラーな存在であるのだとは知らなかった。
また生活習慣や不摂生が原因で胃に宿るのではなく、生まれ育った環境の衛生状態によって感染の有無が分かれるということもはじめて知った。

かつて大学時代に旅したインドの風景が頭をよぎり、引き続き、幼い頃を過ごした下町の景色がよみがえった。
どこでどうあれ、わたしはピロリ菌と寝食を共にしているのだった。

ピロリ菌を放置しても問題は起きないかもしれないが、ピロリ菌は胃がんの原因となる。
それは揺るぎない事実であった。

が、幸いなことに、ピロリ菌は薬を使って除菌ができる。

要する期間はわずか一週間。
それでピロリ菌を根絶できる。

そう聞けば、迷うことなど何もない。
福効医院院長のロジカルで明快な話によって、漠然とした不安はすっきりと晴れ、解決の道筋がはっきりと見通せた。

思えば事の発端は寝床で感じた胃の違和感であった。
それが茫漠たる憂いとなって、負の想像を伴うようになった。

いま、具体的に手を打つべき的が絞れた状態となった。
不安や憂いなどもはや出る幕がない。

ピロリ菌をシューティング。
これで、わたしの生命に吹く逆風をひとつ塞ぐことができるのだ。

未来から逆向きに今を見たとき、福効医院で検査を受けたことによって、わたしは死なずに済んだと言えるのかもしれない。

死の要因は無数にあるのであろうが、少なくともそのうちの一つの死をわたしは免れたということになる。
そう思えば天六のいんちょうは、宇宙防衛軍よりかっこいい。

おかげで、当分まだしばらくこの美しい世界に籍を置くことができそうだ。
感謝。

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Hermitage Ⅱ

“There are only two places in the world where we can live happy: At home and in Paris.” Ernest Hemingway