KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

気づいたときにはこうなっていた

摂津本山に用があるというので電車に乗って二人で向かった。

駅を降り、ものの5分で用事は片付いた。
日曜の午後、陽の光がさんさんと降り注ぎ、街はのびやかな空気に満ちている。

絶好のウォーキング日和。
示し合わせた訳でもないのに駅とは明後日の方向へ二人して歩を踏み出すことになった。

西に傾いていく日差しを背に受けて、一路東へどんどこ歩く。

まもなく甲南山手、やがて芦屋、続いて苦楽園、最後に夙川。
途中カフェで飲み物を買い、パン屋に寄って子らのおやつを買う。

空気の流れがよく清涼、ここらはぶらり歩くだけでとても気持ちいい。
あっと言う間、のべにして15,000歩の行程を踏破することになった。

歩くことが趣味、これもまた示し合わせた訳ではなく、時間によってふるい分けられなぜか残ったのがとてもシンプル、歩くということだった。
並んで歩くだけで飽きが来ず楽しいのだからなんと手軽で安上がりかつ健康的なことだろう。

そして相変わらずこの日も家内は疲れ知らず。
歩数をはるか上回る語数はさくら夙川で電車に乗っても止むことがない。

そのままの勢いで家に着くなり当然のごとく夕飯の支度を始めるのであるから、その体力は超人並だ。

すっかり日も暮れ辺りに薄闇迫るなか、鍋を囲んで家族団欒の時間が始まった。
ブリしゃぶが片付いた後には豚しゃぶ。
旭ポンズが今夜も美味い。

示し合わせた訳でもないのに同じ屋根の下、同じ鍋をつつくこの四人の巡り合わせについては不思議以外の何ものでもない。
歩いているうち気づけばそうなったと言うしかなく、つまりはそれが家族というものなのだろう。

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Gianni Berengo Gardin, Tuscany, Italy, 1965.