KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

馴染みの顔がここに集う

いくら忙しくても日曜くらいは家で食事しようと明るいうちに帰宅した。
夕飯の支度ができるまで久々家の風呂にでもつかろうと思うが、すでに食事の用意は整っていた。
新しく仕入れたのだという器がずらり並んでご馳走が盛り付けられている。

吹き抜けの窓から光差し込み、開け放ったベランダから爽やか五月の風がわんさと吹き込んでくる。
屋外のテラスにあるかのような食卓となった。

白のワインを開け、両方のグラスに注ぐ。
子らは用事があって同席しないが同じ屋根の下で過ごす時間に意味がある。

長ずるごとに持ち場が増えて各自固有の世界を居場所とするが、それら息遣いが交差する場が家庭であって、どのような縁でか揃いも揃って他人ではなく、長きに渡って最も近しい馴染みの顔がここに集う。

食事が美味で、家族とともに暮らせる日々についつい感謝の念が込み上がる。

家内がビデオを再生し、先日催された体育祭の様子を眺めつつ料理も楽しむ時間となった。

毎年毎年活気あって若さに溢れ、実に頼もしい。
学年を縦に繋げるチーム編成が学校全体の一体感を醸成し真剣味あって見応えある行事と成り得ている。

例年通り、最大の見せ場はダンスシーン。
先輩らが後輩らを優しく手取り足取りした様子が動きの端々からのぞき見えて微笑ましく、凝った趣向生み出す若き感性に数々驚かされ、元気旺盛な躍動に今年もまた感動させられることになった。

いろいろな奴がいるが、みな仲間。
そんな連帯が形になって表れる見事な運動会と言えるだろう。

だんだん彼ら一団のつながりが、巨大な家族のようにも見えてくる。

いい学校に出合えてほんとうに良かった。
各自タイムラグはありつつも、いつかそう強く感じることになるのだろう。

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Gordon Parks, Chicago, 1953.