KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

寝る子は育つ

親がこれであるからオツムの程度は知れていて、子に対し勉強についてとやかく口をはさむどころか勉強しろとも言ったことがない。

勉強に全く関係のない映画や本や漫画を家に持ち帰って彼らに勧めもするので、むしろ勉強の足を引っ張っているといった方が正確かもしれない。

それでなし崩しにならないのは、彼らが家内の真面目さを引き継でいるからだろう。
最低限、勉強はすべきものであるとの意識はあるようなので、彼らに任せあとは放っている。

だから昨晩、勉強中の長男が睡魔に襲われもはや限界といった様子に見えたとき、わたしは迷わず甘言を差し挟んだ。

眠たいときは寝るのが一番。
ぐっすり眠って仕切り直しするのが最善だ。

あたたか血の通った適切なアドバイスと言えるだろう。
それで彼は吹っ切れて、次の一手として寝るということに焦点が絞れたようであった。

一時が万事そのように勉強に関しては放任のユルイ雰囲気の我が家である。

子ども時代は二度とやってこない。
勉強以外にすべきことしたいことが山ほどあって当然で、元気いっぱい、関心領域を余さず渡り歩くのも大事なことだろう。

内的な発火があって勉強に邁進する勢いを抑えがたいということでないかぎり、寸暇惜しんで勉強するより、勉強については最短距離で合理的に駆け抜け、あとは他のことをしたり、なにしろ成長期、ぐっすり眠るなどした方がはるかに健全だ。

だから、なかば無理やり子に勉強を強いる親がいるといった話を聞くと子が不憫に思えてならない。
だいたい、そういう親に限って努力歴がゼロであり、勉強の負荷の把握が不正確で、また学力の到達見通しについても経験に基づいた観測を欠いている。

そうなると無理強いの強度は増しがちになって、子にとってはシュールなことこのうえないということになる。

恒常的に叱咤激励が不可欠となるのであれば、その分野に子は導かれていない。
そう見極め、子が明るく楽しく伸びていける分野を探すのが親の務めであろうが、親が視野狭窄になってしまうと救いはない。

無理強いすればあるはずの伸び代まで枯渇する。
大人たるもの、寝る子は育つの基本に立ち返って子の成長を見守りたいものである。
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Willy Ronis, Vincent sleeping, 1946.