KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

当たり前の日常が心にしみる

忙しいと余計なことを考える暇がなく、日常の浅瀬をただただ流されるようにして時間が過ぎていく。
だから日記も単に目に映ったものを綴るだけとなる。
それでも、そんな他愛ない場面のひとかけらであっても書いて残せば後でありありと記憶のなかで再生されて心に響く。

日記によって時間を生け捕りにしているようなもの、と言えるかもしれない。

この夜も仕事を終えてクルマに乗り込んだ。
オーディオから懐メロソングが流れて、ああ、もうほっとしていいのだと自らに言い聞かせるようにして胸を撫で下ろした。

もう書類を書かずともよく、電話もかかってこない。
一日の任務を終えたのだ。

毎度おなじみ和らかの湯に寄って弛緩しきってから、家に帰った。

疲労の自覚があったので、家内に耳つぼマッサの施術を頼んだ。
アロマを使ってほぐしてもらいツボを押してもらう。

目を閉じ家内の話に耳を傾け更に弛緩する。

横向きの体勢になって、ふと目を開ける。
視線の先、二男がリビングのテーブルに座って宿題に勤しんでいる。

わたしの息子である。
当たり前のことを思って、なんだか胸が満たされる。

なんの飾り気もなくプレーンそのもの、そんな日常の景色に過ぎないのにこれで結構心にしみる。
ほんとうにありがたいことである。

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Werner Bischof Stud farm of Avenches, Switzerland 1944.