KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

ちょっとした歴史を運んでいるようなもの

この夜、二男の迎えを仰せつかった。
遅れぬよう早めに事務所を出てまずは和らかの湯に向かう。

中学受験に備え二男が塾に通っていた頃は上方温泉一休に寄ってから上六までクルマを走らせたものだった。

時は移ろい、つかる湯も変わる。

いつもは雀の行水。
が、この日は前倒しで動いていたので時間に余裕ができた。

余計目に湯につかって過ごす。
で、半ばのぼせ気味となるもそれでもまだ時間に猶予があった。

場を移し涼むことにした。
窓を全開にし広大な駐車場の一角で漠となって佇む。
車内に入り込む夜風が芳しい。

不思議なことであるが、置物みたいになって座るうち薄目で覗き見る世界が刷新されて、見慣れた光景が別様な色彩を帯びはじめてきた。

尼崎の地が無国籍な異界に姿を変え、駐車場を横切る中年女性のチャリンコが荒野を疾駆する謎の生命体のようにも見える。

続いて子連れの若い夫婦の姿が目に入った。
小さな男の子を真ん中にして3人仲良く手を繋ぎ、駐車場を横切って歩いてる。

ささやかな団欒が柔らかな夜風に吹かれて、わたしの前を左から右へと過ぎていった。

なんて美しい光景なのだろう。
どこか遠くから飛来した者が感嘆するみたいにわたしは息を呑んだ。

それでわたしは我に返った。
時計を見ると迎えの時間であった。

あわてて西宮北口に向けクルマを発進させた。
早めに動いたにもかかわらず遅刻であった。

定位置にクルマを停め、往来に目を走らせ二男の姿を探す。

子らを迎えるためかつては夜な夜な西宮北口を訪れた。
どの場所にも思い出が詰まっていて懐かしい。

過去の記憶の世界に引き込まれそうになったちょうどそのとき、いきなり助手席の扉が開いた。
わたしが目を向けていたのとは全く異なる方向から二男が現れたのだった。

よっと声をかけ合って出発進行。
わたしは家へとクルマを走らせるが、少しだけ遠回りとなる道を選んだ。

途中、おすすめのDVDを手渡した。
勉強の邪魔ばかりするので父というより連れである。

運転しつつふと思う。
ちびっ子だった頃のプールの送迎からラグビー、そして塾の送り迎え。
車内に様々な思い出が刻み込まれている。

ちょっとした歴史を運んでいるようなものとも言えて、だから車内は特別な空間。
長居したいと思うのもなるほど当然なことであった。

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istantanea del 1955 di due bambini sulla bicicletta del padre, via CATALOGO.