KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

疲れたカラダは家庭の引力にいともたやすく吸い寄せられる

昨夜の飲み会はアウェイの場であった。
お世話になっている方からの声掛けがあったので参加した。

同日、グレート・ギャツリー主催の地獄谷ツアーもあってかなり食指動いたが先約優先が世の習い。
翻意し合流するという訳にはいかなかった。

梅田某所イタリアン。
会場に詰めかけた人数は30人ほどだろうか。

全員が知らぬ人である。
そんな場に身を投じ、さあ、どうするか。

日中の業務で元気はすべて使い果たし、次の日も早朝から元気がわんさか必要となる。
日没とともに気力陰って日の出の時刻までは動から静へと移る汽水域とも言えた。

見知らぬ方々に囲まれ気も使うが、鈍感決め込み慌てず騒がず、笑顔でのんびり過ごそうと決めた。

食事はビュッフェ形式。
若い頃ならいざしらず、でかい皿に盛られた料理は見ているだけで腹が膨れて、自ら皿に取り分けてまで食べようとは思わない。

バーのカウンターでハイボール1つを注文し、座席にひとり佇み受け身に徹して行方を見守った。

誰にとってもつながりは重要だ。
それが生死を分かつといっても過言ではなく、いいつながりがあればそれが自らを高め活かし、心の平安にプラスに作用し、そしてさらにいいつながりを呼んでくる。

一方、そうでないつながりの網にかかると、それが自らを損ない、後々に渡って足を引っ張り、心をかきみだし、あらゆることの歯車を狂わせていく。
極端に言えばそんなこともあり得るだろう。

だから、いいつながりを誰もが切実に探し求めることになる。

わたし自身もつながりの重要を骨身に沁みて知っている。
このような場でのふとした出合いの積み重ねが、自らの未来を切り拓く糧となっていく。
そう知るからこそ、頑張ってコミュニケーションしようとも思うのだが、なにせパワーが下降気味。

日頃の業務自体が未知との遭遇。
日中ですでに球数は百球超で、明日もそう。

知らず知らず球数減って無口になって、結局名刺交換したのは間近に座った2名のみ。
順番が来てスピーチはこなしたけれど、喋ったのはそれくらいのものだろうか。

閉会と同時に会場を後にしひとり家路についた。

帰途、長男からモンスターエナジードリンクを買ってきてとの注文が入る。
試験が近くAmazonで一箱注文してあったが、届くのは明日。
それでコンビニに寄った。
二男にはベルセルク新刊39巻を買ってある。

疲れたカラダは家庭の引力のなすがまま真っ直ぐ家へと吸い寄せられた。

真っ先に風呂に入って汗を流した。
リビングに上がると、家内が自家製の梅ジュースと紫蘇ジュースを用意してくれていた。
酸味とペリエの酸があいまって疲労が癒えていく。

耳つぼマッサを受けながら、家内の二万語を聞いてくつろぐ。
わたしと入れ替わりで長男は風呂に入り、二男はすぐそばでベルセルクに読み耽っている。

大の字に寝そべりながらふと思う。
ここに見知らぬ者はなく、気を使う相手もいない。

世界でここ一箇所だけ、気遣うことなく身を投げ出して平然とできる。
わたしにとって唯一無二の場所と言え、つまりはホームに他ならなかった。

最後に野菜ジュース。
新作レシピの自信作だという。
いろいろな野菜の味が混ざるなか、小松菜の味が明瞭で、ツーンとくるような清涼が全身に行き渡った。

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Michael Kenna, Soiree Beau Rivage Nice, France 1996.