KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

カラダが歓喜した日曜日

日曜の午後。
家内に連れられジムに行く。

かねてからその連行は宣告されていた。
運動不足のわたしを見かねてのことだろう。

わたしとしては気が進まず何かと理由をつけて先延ばしにしきた。

ずらり並ぶマシンのどれ一つとして操作したことなく勝手が分からない。
想像すればするほどそこで戸惑う自身の像が浮かんで及び腰となる。

が、この日は朝から一緒だったので逃げようがなかった。
これも社会見学の一環と自身を言い含め家内に付き従うことにした。

まずはバイクでウォーミングアップ。
座ったままだから楽ちんだ。
単調な動きがリズムを呼び込み、だんだん興に乗ってくる。
だから腿にかかる負荷が徐々に増していっても、楽しくて心地いい。

続いてはガイドに従い各種マシンに取り組んでいく。
腹に力が入り肩に入り背中に入り、つまり各所のパーツにスイッチが入ったみたいでカラダがみるみる活力を取り戻していく。

この感覚は喜びに直結している。

日頃使っていない脳のあちこちに光が灯るかのようであって、一種の覚醒体験のようなものとも言えた。

新しいおもちゃに出合った子どもみたいに、わたしはあれこやこれやのマシンと戯れ、合間にはトレッドミルでカラダをほぐすようにして余計な力を抜いて走った。

同じ場所で足踏みしているみたいで陰々滅々、そうイメージしていたのとはまったく異なり、風きって走るかのような爽快感がトレッドミルでも得られるのだとはじめて知った。

そして呼吸整える締めとして、鏡の前で家内からヨガを教わる。

どのポーズも家内のようには決まらない。
鏡に映る自身の不格好が寒々しく憐憫を誘うが、内はイタキモの感覚に満たされている。

まさに蒙が啓かれたかのようなジム体験となった。
こんな素晴らしいのに素通りしていたわたしはアホであった。

仕事後はきまって風呂に寄るのが習慣となっているが、その半分でもジムに充てればもっと元気ハツラツな日々を過ごすことができるだろう。
渡りに船で、事務所から駐車場に向かう途中にジムができたばかりだった。

今後は生活のなか取り入れる。
積極的にジムに関わる腹が決まった。

突如激しく降り出した雨のなか家内と走ってクルマに乗り込み、食材購入のためスーパーに向かった。
この日午前、長男は奈良大会で選手宣誓する友人を応援に出かけ、午後は甲子園でジャイアンツ戦観戦。

夫婦二人で赤ワイン傾ける夕飯となった。

カラダを動かした後は天然ものが美味しく感じられる。
トマトが甘く、おくらが鰹節とよく合い、やまいも短冊の食感は絶妙で、肉は汁がしたたり、サラダが肉のエキスを中和する。

時折、携帯で二男の現在地点を確認する。
テレビでは阪神巨人戦が中継されている。

野球は7対8くらいのスコアが一番おもしろいと言われる。
まさにそんな試合経過であり、随所で歓喜し落胆する彼らの様子が目に浮かんだ。

そして終わりよければすべてよし。
9回表まさかのまさか、3点差を追いつかれ、9回裏、これまたまさかのサヨナラで勝負が決した。

家族それぞれにとって、胸に深く刻まれる日曜日となった。

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Sun, July 9, 2017 at 6:37PM