KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

血湧き肉躍るアナザーワールド

日本語のメールが来ると鼻白む。
そう長男から言われ、以後、英語でメールするようになった。

一年ほど前のことである。
当時、彼はカナダのゲルフに滞在していた。

極寒の時期であり、学校のプログラムとは別行動。
単身乗り込み、現地校に転入する形で地元生徒に混ざって授業を受けた。

送り出したはいいものの親とすれば気が気でない。

それでいくつもメールを送って、しかし返事なく、嵩にかかって更に送って、ようやく彼からここにいる間は日本語はやめてくれとの返信を得たのだった。

親が案じたすべては杞憂に過ぎず、うまく現地に溶け込み友人もでき、どこへいっても概ね大事に扱われたようだった。
幸いそこでもラグビー部に縁があり、滞在中は朝に夕に練習に参加し試合にも出場できた。

長男にとって何もかもが新鮮に映るまさに新天地であった。

血湧き肉躍るアナザーワールドに身を置いて英語を話す。
彼のなか眠る別種の人格が目を覚ますのは当然で、長男は現地で別の自分を発見しそれを心から幸せだと思った。

彼の地から見れば、生まれ育った日本は小さく閉じた狭っ苦しいような世界にしか見えない。
しばらく放っておいてくれ、彼がそんな心境になっても何ら不思議なことではなかった。

中3終盤の三ヶ月、日本での学業は丸々お留守になった。
そのロスは決して小さなものではなかったが、補って余りある経験ができたと言えるだろう。

彼を覆っていた小さな世界に風穴が開き、ゲルフという地が確固たる定点となって彼の中で息づくことになった。
いまも現地の友人らと引き続き連絡を取り合っているから再会の機会もあるだろう。
ここ日本にだけでなく向こうにもパラレルに居場所があるというのは、豊かなことであるに違いない。

世界は広くどこででも生きていける。
最大の収穫は彼がそんな確信を得たことだと思う。

この確信は、生を謳歌する上で必須の前提であるはずなのに、日本のなか閉じて過ごすと日本固有のローカル価値に骨の髄まで染まって身動きとれず、その価値を縮小再生産するバトンの受け手になるだけのことかもしれず、そうなると謳歌どころか嘆息やまない人生ということになりかねない。

その意味で、まさに絶妙といういう時期に価値の換気ができ、長い目で見てあの短期留学は正しい選択であったと振り返られることになるはずだ。

だから今回、二男もまた単身送り出すことになった。

そして前回と同じ。
送り出したものの親は気が気でなく、最初の応答があるまでは不安拭いきれないような気持ちであった。

兄はホームステイであったが弟は学校の寄宿舎で寝泊まりする。
多国籍集う場で楽しく充実した日々を過ごせているようで一安心。

昨晩、家内と夕飯をともにしつつ、向こうはちょうどお昼どき、連絡してみようとメッセージを送った。
もちろん英語。

音声入力で家内と交互にメッセージを入れていくのだが、だんだん興に乗って饒舌になっていく。
英語を使うと人格変わる。
いい歳した大人であっても同じことである。

二男もまた彼の地にてもうひとりの自分に出会って幸福な驚きに目を丸くしている、その真っ最中なのだろうと思うと嬉しくなってくる。

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