KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

続けることに優るものなく道はまだまだ続く

連休最終日、家内はメキシコ料理に腕を振るった。

ジムから戻った長男が先陣切ってタコスを手に取った。
頬張りながら何度もうなずきサムズアップし彼は絶賛の意を表した。

明日の朝食もこれでいい。
彼はそう言った。

わたしも彼に続く。

トルティーヤのパリッとした歯ごたえが内に包まれたチーズと肉の柔らかみと絶妙調和し、レタスのシャキシャキ感がアクセントになって実にいい。
サルサの辛味がふんわり広がり、もうやめられない止まらない。

コロナビールを買ってくるべきだったと後悔するが、赤ワインとも十分に合う。

差し出されるタコスを長男は次から次へと平らげ、四個までと制限つけられたわたしはひとつひとつを惜しむように味わってゆっくり食べた。
うまいうまいとの声がやまない食卓となった。

そして一夜明け、日常の再開。

朝一番で宝塚に直行の用があった。
だから事務所に向かうのではなくその時間まで家で過ごした。

やがて長男が起き出し、朝食を食べつつ二人してジムについて話す。
彼からすれば、わたしなどまだ三日坊主に毛の生えた程度のもの。
負荷の強度や間隔についていろいろとアドバイスをもらうが、聞き流す。

いま鋭意奮闘中であり肩を並べるのは時間の問題。
小僧の言うことなど聞く気にもなれない。

長男が出発し、まもなくわたしも家を後にした。
武庫川沿いを北に進む。

生い茂る木々の葉が夏の風に揺れ、陽光が四方に飛び跳ねる。
真夏なのに涼しげに見える。
京都FMの朝の声が懐かしい。

その昔、仕事先へ直行する機会は今よりはるかに多かった。
チューニングを合わせるのはもっぱら京都FMであり、久々、今日も京都FMを流したのだった。

当時の記憶がよみがえり、不思議なことだが唐突に何か強い安堵感のようなものを覚えた。
思えばほんとうにいろいろなことがあり山あり谷あり骨おりな道のりであった。
過ぎ去って降り積もっていった様々な出来事を京都FMの声がダイジェストにして告げ知らせているかのようであった。

景色が涼しげに見えたのは、蘇った記憶のうち秋の着色度合が一層色濃いからだろう。
四季のうちとりわけ秋は記憶を深める季節のようである。

ちょっとした晴れやかさのようなものを感じつつ武庫川の緑陰の道を抜けると国道171号線に出た。
見渡す涯まで朝の光に照らされている。
いろいろあったが何とかなってきた。
たとえ少しずつでも続けることに優るものはないのだと明快に理解でき、すこぶる爽快な朝のドライブが引き続いた。

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