KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

放課後の時間がいつまでも続く

本屋で時間を潰していると偶然33期の友人と出くわした。

聞けば赤本を買いに来たのだという。
先日の夏会では子らの受験話で盛り上がった。

まだ当分先のことだが彼も男子の父としていずれ当事者になる。
それでこのところは赤本買って算数の問題を解いているということだった。

先日は灘を解き、甲陽を解き、そして大阪星光を解き、ついでに京都大学も解いたという。

医師にはなったが数学者になるという夢もあった。
日頃、算数の問題に触れることなどまったくないにせよ、からっきしダメということもないだろう。
そう思って制限時間通りに片っ端から取り組んでいった。

やはり寄る年波と長きに渡るブランクのせいか、些細な計算ミスなど相次いだ。
それでも甲陽も星光も6割を下回ることはなかった。
ついでに挑んだ京大も6割はキープできた。

ところが、灘は違った。
1割がせいぜい。
とてもではないが制限時間内に解きこなすなど無理な話であった。

6割と1割。
これはもはや同じ科目と呼ぶのが適当ではないような乖離があると判断して差し支えないであろう。
灘の算数は一見算数のように見えて、似ても似つかないもの。
そう捉えるべき話なのであろう。

もちろん腕に覚えある彼のことである。
少し準備しトレーニング積めば、難なく高得点を弾き出せるはずである。

が、忙しい身。
灘はいいや、という結論に至ったという。

先日の夏会で聞いた話を思い出す。

33期のS君は、ご子息が中学入試を無事終えたK君から浜学園のテキストを譲り受け、算数の問題を全部自分で解いてみた。

S君はなんとか自力で解き切ってその過程で得たエッセンスすべてを、今度は我が子に注ぎ込んだ。

その甲斐あってか、いまS君ジュニアは関西大手塾の押しも押されもせぬエース級。

33期親父たちの子ども愛、おそるべしである。

仕事を終えて、夜。
集合場所は甲子園口の寿しいち徳。
近所に住む33期らで集まって寿司を堪能した。

不思議なことだが、会うのはしょっちゅう星光生。
何十年も前に学校は卒業したが、星光生である時間は朽ちることなく続き、まるでいまもみなと放課後の時間を過ごしているようなものである。

この学校が与えてくれたものが何なのか。
時間を経るごとに深く理解できる。
おそるべし、大阪星光。

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Manuel Álvarez Bravo, Xolotl 1960.