KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

一難去ってまた一難のキンチョーの夏

強制されてのことであれば労役と化して、ジムなど続かないだろう。
嬉々として取り組む運動がたちまち苦しいものとなり、単なる日課が悲痛な色を帯びてくる。
そうなると運動後のひと風呂も酸鼻な水責めといった話になりかねない。

仕事も同じようなものに違いない。
意に沿わないと続かない。

それを無理やり続けなければならないのだとしたら、手酷い刑罰のようなものである。

そんなことを思いつつこの日も清々しい汗をかいて、降り積もった澱みすべてを消散できた。
風呂を上がって脱衣場の冷気にカラダを晒す。
最上、極楽。

携帯を見ると長男からメールが届いている。
迎えにきて、とある。

合点承知でクルマを飛ばす。

世間は自身の子を指して愚息とへりくだるが、うちはへりくだるまでもなくそのとおり。
バカな息子で、つまりはバカボン。
それでも息子は息子で憎めない。

バカボンを西北でピックアップしたのは久々のことであった。
クルマをゆっくり走らせながら、ぽつりぽつりと会話する。

夏の予定を確認すると、生意気にも忙しいとの返答。
学祭の準備があって旅行どころではないし親の相手などしていられないという。

どうやらバカボンも例外ではなく我が家メンバー全員がそれぞれ激忙の夏に突入しているようである。
つまりは賑やか、けたたましい。
不滅の夏にふさわしく、一難去ってまた一難のキンチョーの夏を各自謳歌することになる。

もちろんその方が無の寂寥よりははるかにいい。
どのみちいつかは無。
盛大賑やかであること以上の贅はない。

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