KORANIKATARUTOKIDOKI

子らに語る時々日記

綿菓子がとろりふっくら膨らむように

久方ぶり、我が家に近所の弟分が訪れた。
いまは海外で暮らすため疎遠になったが、小さな頃はうちの坊主らとよく公園で遊んだものだった。

兄貴分の一人であるうちの長男が顔を出し、よお久しぶりと盛り上がる。

サイズの合わなくなった兄貴分の服のうちいくつかは、その弟分の手に渡り彼が袖を通してきた。
見知らぬ者が着た服なら気色悪いが、兄貴分のものなら話は違う。

なにも古くなった服を有効活用するといった話ではなく、ある種のフラッグの受け渡し。
同じ服をとおして、男子の心は響き合うのだった。

そしてまたひとり来客。
長男の友人が部活帰りに立ち寄った。

その友人とはたまたま名前の五十音が隣り合い、出席番号が前後した。
中1から引き続いての凸凹コンビ。
向こうが超優秀で美点だらけの凸であり、息子は欠点目立つ凹にあたる。
正反対だからこそ合うのだろう。

家内に聞けば、偶然なことに凸君の母もこの昼我が家を訪れていたという。
母同士仲がよく、子ども同士仲がよく、凸君にも弟がいて、うちの二男が読み終えたジュニアエラが向こうに渡る。

これも古本の有効活用といった話ではなく、知の伝承。
知はおのずと新たな沃土を求めるものなのだろう。
兄貴分らを耕した知が、不思議な縁で弟分のもとを渡り歩いていくことになる。

リビングでは男子らが盛り上がる。
海外に暮らす弟分と、これまた海外生活の長い凸君の初顔合わせとなって、すぐさま彼らは打ち解けた。

このように男子の交流がその裾野を広げていく。
我が家がその一舞台となるのであればこれに優る喜びはない。

ふと思う。
いつか彼らは連れ合いを伴う。
その伴侶と出会う縁がたとえばタコちゃんからもたらされたとしても何ら不思議はない。

綿菓子がとろりふっくら膨らむように、先々に渡って男子のつながりがその容積を増していく。
胸躍るようなことである。

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Ecoliers dans les escaliers de Montmartre, Paris 1943.